第27話 写真の真実、蒼き風の覚醒

 賢樹さかき剛志つよしの手に握られた一枚の写真。それは、凛の母である八葉はちよう千鶴ちづるが最期に遺したものだという。


「見せてやろう」


 剛志が不敵に笑う。


「お前の母親が、どんな"裏切り"を——」


「父上!」


 突如、霧の中から竜二が姿を現した。


「おや、竜二か」


 剛志は冷ややかに息子を見た。


「結界を突破できたようだな」


「はい」


 竜二は誇らしげに胸を張る。


「美奈子の協力で、影衛かげえの結界の弱点が分かりました」


 夜科やしな総帥の表情が険しくなる。


「なるほど」


 狐堂こどうが軽やかに言った。


「裏切り者がいたってわけか。粋な計らいじゃないか」


 その皮肉めいた口調に、竜二は顔を歪めた。


「うるさい!お前らこそ、我が家の恥さらしを——」


「竜二」


 剛志が静かに息子を制した。


「写真を見せる前に、少し話をしよう」


 剛志は凛に向き直る。


「賢樹家が、なぜお前を養子に迎えたか。それは——」


「私の力が欲しかったから」


 凛の冷静な声に、剛志の眉が動いた。


「ほう。思い出したか」


「はい」


 凛が一歩前に出る。


「母から、全てを」


「ふん」


 剛志が写真を掲げる。


「では、これも覚えているか?」


 その瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


 写真に写っているのは、幼い凛と八葉千鶴。そして——俺の母、蒼宮あおみやかえでの姿があった。


「これは……」


「そう」


 剛志が続ける。


「八葉千鶴は、お前を蒼宮家に託そうとしていた」


「え?」


 今度は凛が驚きの声を上げる。


「だが、我が賢樹家が先手を打った。このまま蒼宮家に行けば、お前の力は永遠に眠ったままになっていただろうよ」


「違う」


 狐堂が静かに、しかし力強く言った。


「千鶴様は、娘を守るために——」


「黙れ!」


 剛志の怒声が響く。


「八葉流の秘術を、あの優柔不断な蒼宮家に託すつもりだったとでも?」


 その時だった。


 俺の体の中で、何かが共鳴するように震えた。この感覚には覚えがある。


颯馬そうま先輩?」


 凛の心配そうな声が聞こえる。だが、もう止められない。


 体の中で【蒼嵐そうらん】が、これまでにない強さで渦を巻いていた。


「やれやれ」


 狐堂が苦笑する。


「来るべきときが来たか」


「どういうことだ?」


 夜科総帥が問う。


「ほら」


 狐堂先生は竜二を指さした。


「アイツも気付いてる」


 確かに、竜二の顔が青ざめていた。


「この気配は……まさか、蒼宮の——」


 俺の周りを、淡い青い光が包み始める。


「ふむ」


 剛志が腕を組む。


「八葉流に対抗できる唯一の術、蒼宮流の奥義か」


 俺は困惑していた。確かに【蒼嵐】は強力な術だが、それは浄化の力。戦闘には向かないはず——


そう


 不意に、母の声が頭の中に響いた。


「その力は、ただ浄化するだけじゃない」


 景色が歪み、記憶の中の一場面が浮かび上がる。幼い俺が、母に抱かれている。


「蒼宮流は、守るための術」


 母の声が続く。


「だから、守るべき人の存在こそが、力の源」


 俺は凛を見た。彼女の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が、いつになく強く輝いている。


「ほう」

 剛志が眉を上げた。


「見せてもらおうか。蒼宮流と八葉流、どちらが上か」


 剛志の両手に、漆黒の炎が宿る。


「賢樹流奥義【玄冥の焔げんめいのほむら】」


 竜二が後ずさる。


「父上、それは——!」


「黙っていろ」


 剛志は冷たく言い放つ。


「お前には、まだ早すぎる術だ」


 その瞬間、剛志の放った黒い炎が、俺たちを包み込もうとした。


「させるか!」


 俺は咄嗟に【蒼嵐】を展開する。だが、今回は違う。青い風は、ただ邪気を打ち消すだけでなく——


「これは!」


 夜科総帥が驚きの声を上げる。


 蒼い風が渦を巻き、まるで巨大な翼のような形を作り出した。


「蒼宮流奥義」


 狐堂が静かに告げる。


「【蒼穹双翼そうきゅうそうよく】」


 黒い炎は、青い翼の前で消え去っていく。


「な、馬鹿な」


 竜二が震える。


「父上の【玄冥の焔】が……」


 その時、凛が俺の隣に立った。


「颯馬先輩」


 彼女の手が、そっと俺の手を握る。


「お母さんが言ってました。八葉流は、決して誰かを傷つけるための力じゃないって」


 その言葉と共に、凛の【幽明霊瞳】が青く輝いた。そして——


 俺の【蒼嵐】と、凛の視えた何かが、共鳴するように輝き始める。


「見事」


 狐堂が満足そうに頷く。


「これぞ、真の最強コンビ」


 剛志の顔が、怒りで歪んだ。


「我が賢樹家の恥さらしめ」


 彼は低く唸る。


「貴様らの力など、この程度か!」


 剛志の周りを、より濃い黒炎が包み込む。


 その時——


「それ以上は許さない!」


 霧の向こうから、凛とした声が響いた。


 現れたのは——蒼宮かえでと八葉べに


「母さん!?」


 俺の驚きの声に、楓は優しく微笑む。


「ごめんね、遅くなって」


 そして紅は、凛に向かって言った。


「覚悟はいい、凛ちゃん?これから始まるのは、本当の試練よ」


 ***


 退魔学院の地下室。


 おおとり学院長は、古い巻物を開いていた。


「まさか、この日が来るとは」


 彼は深いため息をつく。巻物には、三つの家の紋章が描かれていた。


 蒼宮家の青い翼。

 賢樹家の黒い炎。

 そして——八葉家の金色の桜。


「三つの力が交わるとき」


 学院長は巻物の最後の文字を読む。


「封印された扉が開かれる」


 突如、地下室全体が大きく揺れ始めた。

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