第28話 三つの流派、巡り会う運命

 母とべにさんの登場で、場の空気が一変した。


蒼宮あおみやかえで……」


 賢樹さかき剛志つよしが低い声で言う。


「なぜ今まで隠れていた」


「隠れていたわけじゃないわ」


 母は、いつもの穏やかな表情で答えた。が、その目は鋭く光っていた。


「ただ、タイミングを見計らっていただけ。ね、紅さん?」


「ええ」


 紅さんが頷く。


「凛ちゃんの目覚めと、颯馬くんの覚醒を待っていたの」


 竜二が苛立たしげに叫ぶ。


「何を言ってるんだ!まるで、全てを見透かしていたみたいな——」


「見透かしていたのさ」


 今度は狐堂が口を開いた。その表情には、めずらしく厳しさが浮かんでいる。


「紅様は千鶴様の実妹。私は千鶴様の最後の弟子。全ては、彼女の計画通りだからだ」


 俺は混乱していた。


そう


 母の声に、俺は我に返る。


「今の力、分かったでしょう?」


「え、あ、いや……」


 俺は首を振った。


「【蒼嵐そうらん】が、突然——」


「違うわ」


 母が微笑む。


「それは突然じゃない。ずっと、あなたの中で育っていた力」


「【蒼穹双翼そうきゅうそうよく】」


 狐堂が言葉を継ぐ。


「蒼宮流に伝わる、守護の極意」


 その時、凛が俺の袖を引いた。


颯馬そうま先輩、見えます」


 彼女の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が青く輝く。


「三つの流派の力が、螺旋を描いて……まるで、何かを紡ぎ出そうとしているみたい」


「さすが」


 紅さんが感心したように言う。


「その目は、確かに姉上から受け継いだものね」


「もういい!」


 剛志の怒声が響く。黒い炎が、さらに濃くなっていく。


八葉はちよう千鶴の計画も、三つの流派もくだらん。この私が——」


「やめておきなさい、剛志」


 母の声が、静かに、しかし強く響いた。


「その術を使えば、あなたの命が——」


「構わん!」


 剛志の周りの黒炎が、渦を巻き始める。


「賢樹流には、禁忌の奥義がある。【玄冥の焔げんめいのほむら】すら超えた、究極の術」


 竜二の顔が青ざめる。


「父上、まさか【魔焔解放まえんかいほう】を!?」


「命を削ってまで?」


 凛が小さく呟く。


 その声に、剛志の動きが一瞬止まった。


「そうか」


 紅さんが静かに言う。


「あんたも、心の何処かでは——」


「黙れ!」


 剛志の周りの炎が、一気に膨れ上がる。


「覚えておけ。これこそが、賢樹流の真髄——」


 その時だった。


 地面が、大きく揺れ始めた。


「なっ!?」


 俺たちの足元から、金色の光が溢れ出す。


「来たか」


 狐堂が呟く。


「八葉流の、第三の扉」


 光は螺旋を描きながら上昇し、俺たち全員を包み込んでいく。


「これは」


 夜科やしな総帥の声が驚きに震える。


「まさか、同調現象?」


 蒼宮流の青。

 賢樹流の黒。

 八葉流の金。


 三つの力が、まるで歯車のように噛み合っていく。


「母さん」


 俺は叫んだ。


「これは一体——」


「ええ」


 母は静かに微笑む。


「これが、本当の試練の始まり」


 その時、凛が俺の手を強く握った。


「颯馬先輩、私に見えています」


 彼女の声が震えている。


「母が本当に守りたかったもの。そして、三つの流派が目指すべきもの」


「凛……」


 金色の光が、さらに強くなる。


 そして——俺たちの目の前に、巨大な扉が姿を現した。


「これが」


 狐堂が告げる。


「八葉流、第三の扉」


 扉には、三つの紋章が刻まれている。


『蒼宮流の青い翼』

『賢樹流の黒い炎』

『八葉流の金色の桜』


「ほぅ」


 剛志が嘲るように笑う。


「まさか、三つの流派の力がないと開かない扉とはな」


「その通り」


 紅さんが頷く。


「これが、姉上の本当の計画」


「計画?」


 俺は首を傾げた。


「そう」


 母が説明を始める。


「三つの流派は、本来一つだった。それが長い年月の中で分裂し、互いを争うようになった」


「でも」


 紅さんが続ける。


「姉上は信じていた。いつか三つの力が再び一つになる時が来ると」


 竜二が困惑した声を上げる。


「じゃあ、父上が凛を養子に……」


「ええ」


 狐堂が頷く。


「千鶴様は、最初から賢樹家がそうすることを見越していた」


「だが」


 剛志が唸る。


「それは、我が家の力を——」


「違う」


 凛が、静かに、しかし力強く言った。


「母は、賢樹家の力も、大切な一つだと——」


 その時、扉が淡く光り始めた。


「さぁ」


 母が言う。


「準備はいい?」


 俺は凛の手を握り直した。彼女の手が、小さく震えている。


「大丈夫」


 俺は囁いた。


「みんなで開こう。この扉を」


 ***


 退魔学院の地下室。


 おおとり学院長の前で、巻物が金色に輝き始めた。


「ついに、始まったか」


 彼は、巻物の最後の一文を見つめる。


『三つの力が一つとなる時、世界の理が歪む』


 その時、巻物の中から、一枚の写真が滑り落ちた。


 それは、若かりし日の八葉千鶴が、ある男性と共に写っている姿。


 その男性の瞳は、妖しく輝いていた——。

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