第29話 三つの絆、開かれる扉

 金色に輝く巨大な扉の前で、俺たちは円陣を組んでいた。


「へぇ」


 狐堂こどうが軽やかな口調で言う。


「まさか賢樹さかき剛志つよしと手を繋ぐ日が来るとはね」


八葉はちよう千鶴ちづるの弟子風情が偉そうな口を聞くな」


 剛志が顔を背ける。


「これも、術式に必要だからだ」


「まぁまぁ」


 蒼宮あおみやかえで、俺の母が微笑む。


「昔を思い出すわね。学院の頃、三人で——」


「楓!」


 剛志の声が震える。


「あの話は……」


 その反応に、べにさんが小さく笑った。


「あら、賢樹剛志って人は実は照れ屋さんだったのね」


「な……!」


 竜二は目を丸くして父を見ている。


「父上、まさか……?」


「黙れ!」


 剛志の怒声に、周囲の空気が凍りつく。が——


「プッ」


 凛が吹き出した。


「あ、ごめんなさい。おかしくって」


「なにがおかしいんだ?」


慌てて口を押さえる凛に、剛志は不審そうに問う。


「今まで賢樹家当主としての厳しい顔しか見せてこなかったあなたが、こんな表情も見せるんだなって思ったら、おかしくって。先ほどまで八葉家を目の敵のように口にしていたのも演技なのかなって」


 その言葉に、剛志の表情が一瞬、乱れる。


「ふん」


 彼は視線を逸らした。


「八葉の娘風情が」


「ええ」


 凛は真っ直ぐに剛志を見つめた。


「私は八葉の娘です。でも——」


 凛は一瞬言葉を切り、深く息を吸う。


「でも、あなたも私を育ててくれた。それは、確かな事実」


「凛……」


 剛志の声が、僅かに震えた。


「感傷に浸っている場合か。親子団欒は後にしろ」


 夜科やしな総帥が咳払いをする。


「扉が、我々を待っている」


「ええ」


 狐堂が頷く。


「三つの流派が、力を合わせる時」


 その時、扉の紋章が淡く光り始めた。


「始まるわ」


 母が告げる。


「みんな、自分の流派の術式を」


 俺は目を閉じ、【蒼嵐そうらん】を呼び起こす。すると——


「これは!」


 驚きの声を上げたのは竜二だった。


 俺の周りを包む青い風が、まるで生き物のように蠢き始める。それは次第に形を変え、巨大な翼となっていく。


「【蒼穹双翼そうきゅうそうよく】」


 母が静かに言う。


「守るべき絆の具現」


 一方、剛志の周りでは、黒い炎が渦を巻いていた。だが、それは先ほどまでの荒々しさを失い、どこか厳かな輝きを放っている。


「【玄冥の焔げんめいのほむら】」


 剛志が呟く。


「受け継がれし意志の形か」


 そして——凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が、かつてない輝きを放つ。


「見えます」


 彼女の声が響く。


「三つの流派の、本当の姿が」


 金色の光が、螺旋を描きながら上昇していく。


「八葉流」


 紅さんが言う。


「それは、視えざるものを視る力」


 青い翼と、黒い炎と、金色の光が、互いに共鳴するように輝き始めた。


「面白い」


 狐堂先生が感心したように言う。


「これが、千鶴様の描いた未来図か」


 その時だった。


「来るぞ!」


 夜科総帥が警告を発する。


 扉の中心から、まばゆい光が溢れ出す。そして——幻のような光景が浮かび上がった。


「これは……」


 俺の言葉が途切れる。


 そこには、三人の人物が立っていた。


 かつての蒼宮楓。

 若き日の賢樹剛志。

 そして——八葉千鶴。


「綺麗」


 凛が息を呑む。


「お母さんが、笑ってる」


 確かに、光の中の八葉千鶴は、穏やかな笑顔を浮かべていた。


「ああ」


 剛志の声が、めずらしく感傷を帯びている。


「あの頃は、みなこうして」


「凛」


 千鶴の声が、風のように場を包み込む。


「剛志。そして、蒼宮家の後継よ」


「お母さん……」


 凛の声が震える。


「三つの流派は、元は一つ」


 千鶴が続ける。


「そして、再び一つとなる時が来た」


「しかし」


 剛志が噛みしめるように言う。


「それは、八葉家の血を否定することに——」


「違うわ」


 千鶴が静かに首を振る。


「血は、ただの証。大切なのは、心をつなぐ絆」


 その言葉に、凛の目に涙が光る。


「さぁ」


 千鶴が微笑む。


「扉の先で、真実が待っている」


 光が強まり、幻影が消えていく。


「待ってくれ!」


 剛志が思わず手を伸ばす。


「千鶴、まだ——」


 だが、既に遅い。幻影は完全に消え、扉だけが静かに輝いている。


「行きましょう」


 凛が、決意に満ちた声で言った。


「母の残した真実を、この目で確かめに」


 俺は頷いた。血は水よりも濃いと言う。しかし、血だけが大切なものじゃない。心の絆だって、同じぐらい大切なものなんだ。


 そう思いを定めた時、遠くで地鳴りのような音が響いた。


「なんだ!?」


 振り向いた先で、俺は息を呑んだ。


 霧の向こうに、巨大な影が揺らめいている。


 それは、人の形をしていながら、明らかに人ではない。


「ついに現れたか」


 夜科総帥の声が冷たくなる。


「災厄級妖魔、『幽世帝かくりょてい』」


 凛の体が、小さく震えた。


「お、父……さん?」


 ***


 京都、伏見稲荷大社の奥社。


 美奈子は、倒れた石灯籠の前に立っていた。


「見つけた」


 彼女は、灯籠の下から古い札を拾い上げる。


 そこには、かすれた文字で一行。


『世界のことわりは、血によりて紡がれん』


「これが」


 美奈子は呟いた。


「八葉千鶴が、最後に残したもの?」


 その時、彼女の背後で、不気味な笑い声が響いた。


「血の意味を知りたいか、小娘よ」

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