第23話 京都への道

『八つの葉は、八つの扉を開く――』


 夜の高速道路を走る車の後部座席で、俺は凛と共に写真の裏面に浮かび上がった文字を見つめていた。


「君たちは、少しは休め」


 助手席の狐堂こどうが振り返る。


「京都まではまだ時間がかかるぞ」


「ですが……」


 凛が写真を強く握る。


清明きよあきの言う通りだ」


 運転席の夜科やしな総帥が静かに言う。


「今は体力を温存しておけ」


 車内が静寂に包まれる。窓の外では、関東の夜景が次々と流れていく。母さんと紅さんのことが気になる。だが、あの二人なら大丈夫なはずだ。


「おや?」


 狐堂が突然、真剣な表情になる。


「来たか」


 夜空に、黒い影が幾つも浮かび上がる。それは人型をしているが、背中には漆黒の翼が生えている。


黒羽くろばの術士たちか」


 夜科総帥は表情を変えずにハンドルを握り続ける。


「清明、頼むぞ」


「はいはい」


 狐堂は窓を開け、右手を突き出す。


「ちょっと派手にやらせてもらおうかな」


「狐堂先生……」


 凛が心配そうに呟く。


「大丈夫さ」


 狐堂がニヤリと笑う。


「昔、君のお母さんから教わった術があるんでね」


 その瞬間、狐堂の周りに青白い光が渦巻き始めた。


「【狐火きつねびまい】!」


 無数の青い火の玉が現れ、夜空へと舞い上がる。黒羽の術士たちが避けようとするが、狐火は執拗に追いかけていく。


「おっと、まだまだ」


 狐堂が左手を振る。


「これが決めだよ……【玉狐ぎょっこ幻影げんえい】!」


 狐火が一瞬にして巨大な狐の姿となり、黒羽の術士たちを飲み込んでいく。


「はぁ」


 狐堂が大げさにため息をつく。


「こんな朝練みたいな戦いで、八葉はちよう流の奥義を使わせるなんて……」


「八葉流……?」


 凛が目を見開く。


「ああ」


 狐堂は優しく微笑む。その姿は、今まで見てきた授業中の狐堂先生とも、先ほど俺たちを攻撃してきた姿とも違う。


「私は千鶴ちづる様の最後の弟子でね。まあ、半人前だけど」


 その表情や声から、師匠である八葉千鶴さんを深く敬愛していたことがわかる。凛も俺も、狐堂に返す言葉が出てこなかった。


「清明」


 そんな狐堂に、夜科総帥が声をかける。


「次の補給ポイントが近いぞ」


「了解」


 狐堂は窓を閉める。


「そうそう、お腹が空いたころじゃない?私が何か買ってこよう」


 サービスエリアに車を停めると、夜科総帥は無線で他の車両とも連絡を取り合う。影衛かげえの車両は全部で3台。それぞれが違うルートを取りながら、同じ目的地を目指している。


「ほら、おにぎりだ」


 狐堂が買ってきた食事を配る。


「長旅は続くからね」


「ありがとうございます」


 凛は丁寧にお辞儀をする。


「夜科さん」


 俺は総帥に尋ねる。


「なぜ影衛は、八葉千鶴さんの味方なのでしょうか?」


「それはな」


 夜科は運転席で振り返る。


「十二年前、千鶴様が我々に託したものがあるからだ」


「託した……?」


「ああ」


 夜科はゆっくりと懐から、古びた巻物を取り出す。


「これが、その一つ。八つの鍵のな」


 その瞬間、凛の持つ写真が強く光を放った。


「なっ!」


 俺たちが驚く中、巻物と写真が共鳴するように輝き始める。


「見えます……!」


 凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が青く光る。


「お母様が残した痕跡が……!」


 突如、巻物が開かれ、光の文字が浮かび上がる。


『八つの扉は、八つの試練。

 その先にあるのは、

 術式を超えた、

 本当の力――』


 夜が明ける頃、ようやく京都の街並みが見えてきた。伏見稲荷大社はすぐそこだ。


 その時、凛が静かに言った。


「お母様の気配……近づいています」


 車は神社の裏手に停まり、俺たちは静かに降り立つ。朝もやの中、朱色の鳥居が幾重にも連なって見える。そして、その奥に八葉の祠があるのだ。

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