第41話 最後の扉

 空間に現れた歪みは、これまでとは異なる独特の存在感を放っていた。それは理の根源の神々しい輝きとも、環境圏の調和的な光とも違う、何か根源的なものを感じさせる。


「この気配は……」


 鳳学院長の声が震える。まるで、想像を超える存在に出会ったかのように。


「まさか、理の果て(エンド)」


「理の、果て?」


 俺が問いかけると、老婆が厳かな声で説明を始めた。


「世界の理の、最も奥深くに眠る存在。理の根源すら、その一部に過ぎないとされる」


 その瞬間、歪みの中から姿を現したのは——


「お母さん!?」


 凛の声が、空間に響き渡った。


 そこに立っていたのは、間違いなく八葉千鶴その人だった。しかし、どことなく現実離れした雰囲気を纏っている。


「違う」


 美奈子が静かに言う。


「あれは、八葉千鶴様の姿を借りた、理の果ての具現化」


 その通りだった。八葉千鶴の姿をした存在は、どこか透明感があり、まるでホログラムのように揺らめいている。


「よく来たな」


 その声は、確かに八葉千鶴のものだったが、同時に無数の声が重なっているような不思議な響きを持っていた。


「母、いいえ、理の果て」


 凛は、強い意志を込めて語りかけた。


「私たちは、新しい理を——」


「知っている」


 理の果ては、優しく微笑んだ。


「環境圏。そして、第四の層」


 その言葉に、空間全体が共鳴するように震えた。


「しかし」


 理の果ては、厳格な表情に戻る。


「それが本当に、世界の理となれるのか。最後の試練で確かめさせてもらおう」


 突然、空間全体が激しく歪み始めた。環境圏が、大きく揺らめく。


「これは!」


 俺は思わず叫んだ。まるで、世界そのものが溶けていくような感覚。


「理の果てが、全ての理を無に帰そうとしている」


 学院長の説明が響く。


「この試練を乗り越えなければ、新しい理も、古い理も、全てが消滅する」


 その言葉通り、環境圏も、理の根源の光も、徐々に薄れていこうとしていた。


「どうすれば……」


 俺が困惑する中、凛が一歩前に出た。


「分かります」


 彼女の声には、不思議な確信が満ちていた。


「理の果ては、理そのものを超えろと言っているんです」


「理を、超える?」


「はい」


 凛の【幽明霊瞳】が、七色の光を増強させる。


「理は、規則であり、秩序。でも、本当に大切なのは——」


 その瞬間、彼女の周りの空気が変化した。


「人の心、妖魔の心、そして——」


 凛は、八葉千鶴の姿をした理の果てを見つめた。


「全ての存在の、意思そのものです!」


 その叫びと共に、凛の【幽明霊瞳】から放たれる光が、これまでにない輝きを放った。


「颯馬先輩!」


「ああ!」


 俺の【蒼嵐】が、凛の力と完全に同調する。青い風と七色の光が交わり、純粋な意思の力となって空間に広がっていく。


「見事だ」


 理の果ては、満足げに微笑んだ。


「理を超えた先にあるもの。それは——」


「自由です」


 凛が答える。


「理に縛られず、でも理と調和する。そんな世界を、私たちは作れる」


 その言葉に、空間全体が大きく反応した。消えかけていた環境圏が、新たな輝きを取り戻していく。


「なるほど」


 理の果ては、静かに頷いた。


「八葉千鶴は、それを望んでいたのかもしれないな」


 突然、理の果ての体が光り始めた。そして——


「最後の贈り物だ」


 その言葉と共に、理の果ての体が完全な光となって、環境圏に溶け込んでいった。


「これは!」


 老婆が驚きの声を上げる。


「理の果てが、自ら環境圏の一部に!?」


 光が収束していく中、凛の体が大きく揺らめいた。


「凛!」


 俺が駆け寄ろうとした時、予想外の光景が広がり始めた。

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