第40話 理の根源

 空間の歪みから現れた存在は、人の形でも妖魔の姿でもなかった。それは純粋な《ことわり》そのものが実体化したかのような、神秘的な輝きを放っていた。


「理の根源……」


 おおとり学院長の声が震える。まるで畏怖の念に打たれたかのように。


 その存在は、形を持たない光でありながら、確かな意思を感じさせた。環境圏の周りを、ゆっくりと周回し始める。


「なんという圧力……」


 思わず呟いてしまう。単なる威圧感ではない。世界の理そのものが、重力のように俺たちを押さえつけているような感覚だ。


「これが、世界の根源……」


 凛の声には、しかし、恐れは感じられなかった。むしろ、深い理解と共感が滲んでいるようだった。


 突然、理の根源が動きを止めた。そして、まるで言葉を持たない存在が意思を伝えるかのように、空間全体に波動が広がった。


「これは!」


 美奈子が声を上げる。


「理の根源が、《環境圏リング》を調べています」


 その通りだった。光の存在は、凛たちが作り出した新しい世界の形を、慎重に観察しているようだった。


「どうかな」


 老婆が、微かに期待を込めた声で問いかける。


「この若者たちの示した答えは」


 理の根源はしばらく動きを止めていた。そして——突然、強烈な光を放った。


「くっ!」


 眩しさに目を細める。しかし、その光には敵意は感じられない。むしろ——


「見てください!」


 凛の声が響く。


 《環境圏》の中心で輝いていた第四の層が、理の根源の光と共鳴を始めた。二つの光は、まるで対話を交わすかのように、波紋を描いている。


「あ、あれは……」


 理の番人の老婆が、目を見開いた。


「理の根源が、第四の層を認めている?」


 その瞬間、予想もしない出来事が起きた。理の根源の光が、環境圏の中に溶け込み始めたのだ。


「これは!」


 学院長が驚きの声を上げる。


「理の根源が、自ら《環境圏》の一部になろうとしている!?」


 その光景は、まさに奇跡的だった。世界の理を司る究極の存在が、新しい可能性を受け入れ、その一部となろうとしている。


「私には分かります」


 凛の声が、静かに響く。


「理の根源も、ずっと待っていたんです。理が進化する時を」


 その言葉に、空間全体が共鳴するように震えた。


「そうか」


 剛志が深い理解を示すように頷く。


「八葉千鶴は、それを見抜いていたのか」


 黒い門からも、《幽世帝》の声が響く。


「理の根源すら、変化を望んでいたとはな」


 しかし、その時だった。


 突然、環境圏全体が不安定な振動を見せ始めた。理の根源の光が、予想以上のスピードで環境圏に溶け込もうとしている。


「危険です!」


 美奈子が警告を発する。


「このままでは、環境圏が崩壊してしまう!」


「どういうことだ!?」


 俺が問いかけると、学院長が説明を始めた。


「理の根源の力があまりに強すぎる。環境圏が、その力を受け止めきれないんだ」


 確かに、環境圏を形作る光の輪が、徐々に歪み始めている。このままでは——


「大丈夫」


 凛の声が、不思議な確信に満ちていた。


「私たちには、もう一つの答えがある」


「もう一つの?」


 俺が問いかけると、凛は微笑んだ。


「颯馬先輩。私たちの力を、もう一度」


 その瞬間、俺には分かった。彼女が何を考えているのか。


「《環境圏》を、更に進化させる」


「はい」


 凛の【幽明霊瞳】が、より強い光を放ち始める。


「理の根源の力を、新たな可能性へと変換するんです」


 俺の【蒼嵐】が、自然と反応する。青い風が、凛の七色の光と交わり、新たな輝きを生み出していく。


「見事だ」


 学院長が感嘆の声を上げた。


「理を超えた先に、更なる理を見出すとは」


 環境圏は、理の根源の力を受け入れながら、新たな形へと変容を始めていた。それは、誰も見たことのない、まさに——


 その時、突然の衝撃が走った。


「なに!?」


 空間の別の場所が、大きく歪み始める。まるで、何かが出現しようとしているかのように。


「まさか」


 老婆の声が震える。


「理の、最終試練?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る