第39話 理を超えて

 《環境圏リング》の中心で芽生えた光は、誰も予想していなかった色を放っていた。七色でもなく、黒でもなく、純白でもない。まるで、全ての色が溶け合ったような、不思議な輝きだった。


「第四の層……」


 学院長の声が震えている。この状況は、老練な理の番人たちさえ想定していなかったものらしい。


「これは、いったい……」


 俺の問いかけに、凛が静かに答えた。


「創造の場」


「創造の場?」


「はい」


 凛の声には確信が満ちていた。


「人の世界と妖魔の世界、そして調和の層。それらが出会うことで生まれる、新たな可能性の場所」


 その言葉に、空間全体が共鳴するように震えた。環境圏の中心で輝く光は、さらに強さを増している。


「なるほど」


 美奈子が一歩前に出た。


「これこそが、八葉千鶴様の本当の夢だったのかもしれない」


「どういうことですか?」


 俺が問いかけると、美奈子は優しく微笑んだ。


「二つの世界を調和させるだけじゃない。その調和から、全く新しい何かを生み出すこと」


 その瞬間、黒い門が大きく唸りを上げた。しかし、その音はもう恐れを感じさせない。むしろ、歓迎の響きのようにさえ聞こえる。


「我が娘よ」


幽世帝かくりょてい》の声が響く。


「お前は、私たちの想像をさらに超えていく」


 剛志も深く頷いた。


「八葉千鶴の夢は、こんなにも大きかったのか」


 しかし、その時だった。


「待て」


 理の番人の老婆が、厳しい声を上げた。


「それは、既存の理を完全に超えることになる。世界の在り方そのものが——」


「変わります」


 凛が、老婆の言葉を遮った。しかし、その口調に敵意はない。むしろ、深い理解と決意が込められていた。


「でも、それは破壊ではありません。新しい可能性が生まれるだけです」


「しかし」


 老婆が言いかける。その時、予想外の声が響いた。


「面白い」


 鳳学院長が、珍しく楽しそうに笑っている。


「理の番人である私たちが、理を超えることを恐れているとはな」


「学院長?」


 老婆が驚いた声を上げる。学院長は静かに前に出た。


「私たちの役目は、理を守ることだ。しかし、それは理の進化を妨げることではない」


 その言葉に、空間に浮かぶ環境圏が、より強い輝きを放った。


「賢樹 凛」


 学院長が凛を見つめる。


「あなたの示した答えは、理想を《形》にしただけでなく、その先の可能性まで示している」


「先の、可能性」


 俺は思わず呟いた。確かに、目の前で起きていることは、単なる二つの世界の調和を超えている。それは——


「未来への扉」


 凛の声が響く。


「母さんは、きっとこれを望んでいた。固定された理ではなく、常に進化し続ける可能性を」


 その言葉と共に、第四の層から不思議な変化が始まった。光は形を変え、まるで生命の種のような姿を見せ始める。


「見てください」


 凛が静かに語りかける。


「この光は、新しい物語の種」


 確かに、その光は生命力に満ちていた。まるで、無限の可能性を秘めた卵のように。


「颯馬先輩」


 突然の呼びかけに、俺は我に返った。


「力を貸してください。この種に、私たちの想いを」


「ああ!」


 返事をする前に、既に俺の【蒼嵐そうらん】は凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】と共鳴していた。青い風と七色の光が交わり、第四の層へと吸い込まれていく。


「美しい」


 老婆が、ため息のように呟いた。


「これほどの可能性を秘めた理を、私は見たことがない」


 しかし、その瞬間——


 突然、空間全体が大きく揺れ始めた。環境圏が、不安定な振動を見せる。


「なっ!?」


 俺が驚きの声を上げる前に、美奈子が叫んだ。


「来ます!」


「何が!?」


 その問いへの答えは、すぐに示された。空間の歪みの中から、巨大な影が姿を現したのだ。


「まさか」


 学院長の声が震える。


「理の番人を超える存在、《理の根源ルーツ》が——」


 その時、影は完全な姿を現した。そして——

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