第38話 理想の《形》

 空間を揺るがす轟音の中、予想もしない光景が広がり始めた。凛の放つ七色の光と、黒い門からの温かな輝きが交わる場所に、何かが形作られようとしている。


「これは……」


 俺の声が震える。目の前で起きている現象が、理解の範疇を超えているからだ。


 七色の光は、まるで生命を持つかのように蠢き、新たな形を作り出そうとしていた。それは橋でも、門でもない。もっと根源的な——


ことわりの具現化」


 おおとり学院長の声が響く。


八葉はちよう千鶴ちづるが目指した、究極の形だ」


 その言葉に、凛が大きく目を見開いた。


「お母さんが……目指したもの?」


「そう」


 美奈子が一歩前に出る。彼女の手にある八つ目の札が、強く輝いている。


「理想を形にする力。それは、ただ橋を架けることじゃない。新しい世界の《かたち》そのものを創り出すこと」


 その瞬間、凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が更に強い光を放った。


「見えます」


 彼女の声が、空間に響き渡る。


「お母さんの見た景色が……!」


 俺にも分かった。凛の目に映る世界が、俺の【蒼嵐そうらん】を通じて共有されているような感覚。そこには——


「人の世界と妖魔の世界が、互いを認め合いながら存在している」


 凛の言葉が、まるで詩のように響く。


「どちらも変わることなく、でも、確かに繋がっている」


「その通りだ」


 賢樹さかき剛志つよしが静かに頷いた。


「八葉千鶴は、それを《環境圏リング》と呼んでいた」


「《環境圏》?」


 俺が問いかけると、剛志は目を閉じて説明を始めた。


「二つの世界が、互いを取り巻きながら存在する形。まるで、二重の輪のように」


 その言葉通り、空間に浮かび上がる光は、二重の輪を形作り始めていた。内側の輪は人の世界を、外側の輪は妖魔の世界を表しているようだ。


「でも、それだけじゃない」


 凛の声が響く。


「二つの輪の間に、もう一つの層が必要です」


「ほう?」


 理の番人の老婆が、興味深そうに目を細めた。


「説明してごらん、賢樹 凛」


 凛は一歩前に出て、ゆっくりと語り始めた。


「二つの世界の間に、『調和の層』を作る。そこは、両方の世界の性質を持つ空間」


 その言葉と共に、二重の輪の間に、新たな光の層が形成され始めた。


「なるほど」


 学院長が深く頷く。


「その層が、両世界の衝突を緩和する緩衝材となる」


「はい。そして——」


 凛は一瞬躊躇したが、すぐに力強く続けた。


「私のような存在が、その層で活動することで、両世界の調和を保つことができる」


 その瞬間、空間全体が大きく共鳴した。黒い門からの光、凛の【幽明霊瞳】、美奈子の八つ目の札、そして俺の【蒼嵐】——全ての力が一つになろうとしている。


「面白い」


 老婆が満足げに微笑んだ。


「理想に《形》を与えるとは、まさにこのことか」


 しかし、その時だった。


 突然、空間が大きく歪み始めた。形成されかけていた環境圏が、激しく揺らめく。


「これは!?」


 俺が叫ぶ前に、学院長が答えた。


「反発力だ。既存の理が、新しい形を拒もうとしている」


 その言葉通り、空間そのものが軋むような音を立て始めた。まるで、世界の理そのものが悲鳴を上げているかのように。


「このままでは、環境圏が崩壊する!」


 美奈子の警告が響く。しかし——


「大丈夫です」


 凛の声は、不思議なほど落ち着いていた。


「私には、みんなの力がある」


 その言葉と共に、凛の【幽明霊瞳】が虹色の光を放った。


颯馬そうま先輩の【蒼嵐】」


 青い風が、空間を包み込む。


「美奈子さんの八つ目の札」


 銀色の光が、歪みを抑え込もうとする。


「そして——」


 凛は黒い門に向かって手を伸ばした。


「二人のお父さんの想い」


 剛志と《幽世帝かくりょてい》の気配が、強く反応する。両者の力が、完全な調和を見せながら凛を支えていく。


「これが、私たちの答えです!」


 凛の叫びと共に、驚くべき変化が起きた。歪んでいた空間が、徐々に安定を取り戻していく。そして、環境圏の形がより鮮明になっていった。


「見事だ」


 老婆の声が響く。


「理想に《形》を与え、なおかつそれを維持する力も示した」


 その言葉に、全員が安堵のため息をつこうとした時——突然、予想外の出来事が起きた。


 完成したはずの環境圏の中心で、新たな光が芽生え始めたのだ。


「これは……まさか!」


 学院長の声が震える。


「第四の層!?」

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