第37話 理の行方

「やはり、ここまでか」


 その声の主は、おおとり学院長だった。老人の手には、古びた札が握られている。その札から放たれる光が、空間に架かった光の橋と呼応するように揺らめいていた。


「学院長!?」


 思わず声を上げる。しかし、老人の姿は普段の穏やかな様子とは違っていた。まるで、別人のような威厳を纏っている。


「よく来られました」


 理の番人の老婆が、深々と頭を下げた。


「第零代の守護者様」


 その言葉に、場の空気が一変した。第零代? 守護者? 次々と浮かぶ疑問を、学院長の声が遮った。


「凛」


 学院長は静かに凛を見つめた。


「あなたの示した答えは、確かに美しい。しかし——」


「しかし?」


 凛の声が震える。学院長は目を閉じ、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「理は、美しさだけでは保てない」


 その瞬間、学院長の手にある札が強い光を放った。空間に架かった光の橋が、大きく揺らめき始める。


「待ってください!」


 俺は思わず叫んだ。


「どういうことですか? 凛が見つけた答えは——」


「正しい」


 学院長が言葉を継ぐ。


「しかし、まだ足りない」


「足りない?」


 凛が困惑したように問う。その時、美奈子が学院長の隣に現れた。


「そう、まだ《形》になっていないの」


「美奈子さん!?」


 驚きの声を上げる凛。美奈子は優しく微笑んだ。


「理は、単なる理想では現実にはなれない。その理想を《形》にする力が必要なの」


 その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。確かに、凛の示した答えは美しい。しかし、それを現実の世界でどう実現するのか——その具体的な道筋は、まだ見えていない。


「だからこそ」


 学院長が言葉を継ぐ。


「最後の試練がある」


 その瞬間、空間全体が大きく揺らめいた。光の橋が次々と消えていく。


「あ!」


 凛が慌てて手を伸ばすが、光は指の間をすり抜けていく。


「これが最後の試練?」


 俺は理解しようと必死だった。学院長はゆっくりと頷く。


「その通り。理想を《形》にする力を示せるか」


「でも、どうすれば——」


 その時、凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が突然、強い光を放った。


「あ、これは……」


 彼女の目が大きく見開かれる。


「見える。見えます!」


「何が見えるんだ?」


 俺が問いかけると、凛は静かに微笑んだ。


「世界の《形》です。理想を現実にする道が——」


 その瞬間、凛の体から溢れ出す光が、新たな色を帯び始めた。七色の光は、より深い輝きへと変化していく。


颯馬そうま先輩!」


 凛の呼びかけに、俺の【蒼嵐そうらん】が自然と反応した。青い風が、彼女の光と交わる。


「お母さん」


 凛の声が響く。


「あなたは、きっとこれを望んでいたんですね」


 黒い門の中からも、温かな光が溢れ出してきた。《幽世帝かくりょてい》の気配が、優しく空間を包み込む。


「お義父様」


 凛は養父を見つめた。


「あなたも、これを待っていた」


 剛志つよしは静かに頷いた。その表情には、深い感動が浮かんでいる。


「さあ」


 美奈子が、八つ目の札を掲げた。


「最後の門を開きましょう」


 その時、突然の轟音が響き渡った。空間全体が、大きく歪み始める。


「これは!?」


 老婆が声を上げる。


「理が、完全に崩れ始めている!?」


 しかし、凛の表情は穏やかなままだった。


「違います」


 彼女の声が、空間を貫く。


「これは、崩壊じゃない。新しい《形》が生まれる——」


 その瞬間、予想もしない出来事が起こった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る