第36話 世界を繋ぐ者

 澄んだ鈴の音が結界を包み込む中、空気が凍りつくような緊張が走った。黒い門から溢れ出る光と、凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が放つ七色の輝きが交錯する空間に、新たな存在が姿を現そうとしていた。


ことわりの番人……」


 俺は思わず呟いた。その言葉の意味さえ分からないのに、背筋が凍るような威圧感に襲われる。


「怖がることはない」


 剛志つよしの声が響く。


「奴らは、ただ確かめに来たのだ」


「確かめる?」


 凛が困惑したように問いかける。その時、結界の空間が大きく歪み始めた。まるで万華鏡を覗き込むように、景色が回転し、変容していく。


 そして——


「よく来たな、若き継承者たちよ」


 老婆の声が響いた。振り向くと、和服姿の老婆が立っていた。その背後には、様々な時代の装いをした男女が控えている。


「私たちは『理の番人』。世界の理を見守る者たち」


 老婆の声は、不思議な余韻を持っていた。


賢樹さかき 凛」


 老婆は凛を見つめた。その眼差しは、慈愛に満ちているようでいて、どこか試すような鋭さも感じられる。


「あなたは、世界に新しい理を示そうとしている」


「はい」


 凛の声は、意外なほど落ち着いていた。


「人と妖魔は、無理に一つになる必要はない。でも、心は通じ合える。それが、私の見つけた答えです」


 老婆は、不思議そうに首を傾げた。


「しかし、それでは世界の均衡が——」


「均衡?」


 思わず俺は口を挟んだ。なぜか恐れを感じない。むしろ、何かがおかしいと感じていた。


「今までの理だって、完璧じゃなかったはずです」


「ほう?」


 老婆が興味深そうに俺を見つめる。


「説明してみなさい、蒼宮あおみや 颯馬そうま


 名前を呼ばれて驚いたが、言葉は自然と溢れ出た。


「人と妖魔を完全に分けることで、かえって対立が生まれた。理が対立を生むなら、それは本当の理とは言えないはずです」


 その言葉に、老婆の後ろに控えていた番人たちがざわめいた。


「面白い」


 老婆が微笑んだ。


「では、あなたたちの考える新しい理とは?」


「それは——」


 凛が一歩前に出る。彼女の【幽明霊瞳】が、より強い光を放ち始めた。


「二つの世界は、二つのままでいい。ただし、そこに橋を架ける」


「橋?」


「はい。私のような存在は、その架け橋になれる」


 凛の言葉に、黒い門が共鳴するように唸りを上げた。しかし、その音はもう恐れを感じさせない。


「面白い答えだ」


 老婆の声が響く。


「しかし、それを示せるか?」


「示します」


 凛の声が、強く響き渡った。


「颯馬先輩、力を貸してください!」


「ああ!」


 俺の【蒼嵐そうらん】が、凛の力と共鳴する。青い風と七色の光が交わり、新たな輝きを放つ。


「見てください」


 凛の声が響く。


「人と妖魔の力が、調和することを」


 その瞬間、驚くべき光景が広がった。俺たちの周りに、無数の光の橋が架かり始めたのだ。それは人の世界と妖魔の世界を繋ぐ、目に見える架け橋。


「これが、私たちの示す新しい理」


 剛志が静かに前に出た。


八葉はちよう千鶴ちづるが見た未来は、これだったのか」


 黒い門の向こうからも、《幽世帝かくりょてい》の声が響く。いつの間にか、こちら側にいたはずの《幽世帝かくりょてい》が一体化したようだ。


「我が娘よ。お前は確かに——」


 その時だった。突然、光の橋の一つが大きく揺らめいた。


「これは!」


 老婆が声を上げる。


「理が、揺れている?」


 その瞬間、予想外の声が響いた。


「やはり、ここまでか」


 振り向くと、そこには——

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