第15話 義兄の影、義妹の光

賢樹さかき竜二りゅうじ……!」


 俺は凛を背後に庇いながら、天井から降り立った男を睨みつけた。賢樹家の次男にして、凛の義理の兄。普段の校内での小物っぽい態度が嘘のように、今の彼からは尋常ではない霊力が放たれていた。


「おっと、そんな怖い顔しないでくださいよ、蒼宮あおみや先輩」


 竜二は軽薄な笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄る。


「妹の様子を見に来ただけだからさ」


「お兄さん……どうして……」


 凛の声が震えている。恐怖か、それとも憤りか。


「ふふ、そりゃあね」


 竜二は不敵な笑みを浮かべる。


「父上から『あの子』を連れ戻せって言われたからさ」


 その瞬間、俺の背後で凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が青く輝いた。


「お兄さんの体……まさか、それは……!」


 凛の声に、竜二の表情が一瞬凍りついた。


「やれやれ、バレちゃったか」


 彼は肩をすくめる。


「そう、これは『魂依こんよりの術』。父上直伝の秘術さ」


「人の魂を強制的に自分の体に宿す術……人の道から外れる禁術、か」


 俺は歯を食いしばる。賢樹家の闇の深さを改めて感じた。


「禁術だなんて、随分な偏見だね」


 竜二は首を傾げる。


「これは賢樹家に代々伝わる、誇るべき力なんだ。今の僕の体には、三人の特級退魔師の魂が宿っているよ」


「そんな……」


 凛の声が震える。


「それじゃあ、お兄さんの魂は……」


「あぁ、もちろん僕の意識は僕のまま。ただ、借り物の力を使わせてもらってるだけさ」


 竜二は軽く手を振る。


「さて、そろそろ本題に入ろうか」


 その言葉と共に、部屋中の影が歪み始めた。


「凛、お前の中に眠る力……父上が欲しがってる理由、知りたくないか?」


「っ!」


 凛の体が強張るのを感じる。


「このまま家に戻れば、お前の母親に会わせてやることだって……」


「黙れ!」


 俺は【蒼嵐】を纏わせた拳を叩き込もうとした。しかし。


「甘いね、先輩」


 俺の拳が竜二の顔を通り抜ける。幻術か!?


「颯馬先輩、後ろっ!」


 凛の警告で振り返った時には遅かった。背後から現れた竜二の掌が、俺の胸を貫こうとしていた。


「やられた……!」


 その瞬間。


「触らないで、お義兄さん!」


 凛の【幽明霊瞳】から放たれた光が、竜二を弾き飛ばす。


「なっ……これは!?」


 竜二の驚愕の声。


「まさか、もう目覚めているのか!?」


 凛の瞳から溢れ出す光は、純粋で力強い。それは俺の【蒼嵐】と呼応するように、部屋中を青く染め上げていく。


「く……想定より早すぎる……!」


 竜二は後退しながら、何かを呟く。


「父上の計画が……」


 その時、廊下から急な足音が近づいてきた。


そう!凛ちゃん!」


 沙織の声だ。


「チッ、邪魔が入ったか」


 竜二は窓際に下がる。


「じゃあね、凛。また来るよ」


 そう言い残すと、彼は窓から飛び出していった。追いかけようとする俺を、凛が制する。


「先輩、待ってください」


 彼女は【幽明霊瞳】で外を見つめていた。


「お義兄さん、いえ賢樹竜二の中に見えた魂が……母さんに似ています」


「何?」


 だが、凛の言葉の意味を考える暇はなかった。彼女の体が、ゆっくりと崩れ落ちていく。


「凛!」


 俺は慌てて彼女を抱き留めた。気を失っているようだが、幸い呼吸は安定している。そして、彼女の右手には何かが握られていた。


 それは、一枚の古びた写真。幼い凛と、彼女によく似た女性が写っている。裏には走り書きの文字。


『約束の場所で待つ――母より』

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