第14話 賢樹家の陰謀

賢樹さかき家が……動き出した?」


 俺は慌てて飛び込んできた教師の方を見た。その表情には、ただならぬ緊張感が漂っている。


「なんだと!?」


 学院長が立ち上がる。まだ完全には回復していないのか、少しよろめいたが、それでも毅然とした態度を崩さなかった。


「賢樹家の当主・剛志つよしが、協会本部に乗り込んだそうです」


 教師が息を切らしながら報告する。


「そして……義娘である凛さんの引き渡しを要求しているとか」


「なっ……」


 俺は思わず凛の方を見た。彼女の顔は、血の気が引いていた。


「理由は?」


 学院長の声が、低く響く。


「賢樹家の家宝である『霊瞳れいどうの鏡』が盗まれた……凛さんがそれを持ち出したと主張しているそうです」


「馬鹿な!」


 俺は思わず声を上げた。


「凛がそんなことするはずない!」


「そんなことはわかっている」


 学院長も頷く。


「しかし、賢樹剛志はそれを口実に……」


「私の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】を……」


 凛の小さな呟きに、部屋の空気が凍りついた。


「ああ」


 学院長が重々しく頷く。


「おそらく、これは全て計画的なものだろう。狐堂の出現も、賢樹家の動きも……全ては繋がっている」


 俺は拳を握り締めた。こんな卑劣なやり方で、凛を...


「でも、どうして今になって?」


 教師が首を傾げる。


「賢樹家での凛さんの扱いは決して良いとは言えないものであるようなのですが」


「それは」


 学院長が窓の外を見つめながら言う。


「今まで【幽明霊瞳】が完全には目覚めていなかったからだ」


「え?」


「賢樹家は、凛さんの力が完全に目覚めるのを待っていた。そして今、彼女の力は蒼宮あおみや君との出会いによって、急速に成長している」


 そう言って、学院長は俺たちの方を向いた。


「だからこそ、彼らは焦っているんだ。このまま二人の力が更に成長すれば、もはや手の届かないところまで行ってしまう」


「くっ……」


 俺は歯を食いしばった。この状況で、どうすればいいんだ。


「あの……」


 凛が小さな声で切り出した。


「私が、賢樹家に……」


「だめだ!」


 俺は思わず叫んでいた。凛が驚いて俺を見上げる。


「そんなの論外だ。凛が行ったが最後、二度と表舞台に出させることはないことなんて、明らかだろう。絶対に渡すもんか」


「でも……」


「凛」


 俺は真剣な目で彼女を見つめた。


「俺と組んでくれるんだろう?なら、行かないでほしい」


 その時、凛の目に涙が浮かんだ。しかし、それは弱さの涙ではない。


「ありがとうございます、颯馬先輩」


 彼女は小さく、しかし強く微笑んだ。


「私も……私も逃げたりしません」


「ああ」


 俺も思わず笑みがこぼれた。


「当然だ」


 学院長は、そんな俺たちをじっと見つめていた。


「よし」


 彼が決意を込めて言う。


「では、今からある場所に移動してもらおう」


「場所……ですか?」


「ああ。退魔協会の秘密施設だ。そこで、君たち二人に特別な訓練を受けてもらう」


「特別な……訓練?」


 俺が聞き返すと、学院長は不敵な笑みを浮かべた。


影衛かげえになるための訓練さ。たった二週間しかないがな」


「影衛!?」


 俺は思わず声を上げた。


「あの……退魔協会最高位の実戦部隊ですか?」


学院長は頷いた。


「ああ。影衛は通常の退魔師では対処できない特殊な事態や、協会の機密に関わる任務を担当している。その存在自体が極秘で、一般の退魔師でさえ、影衛の実態を知るものは少ない」


 学院長は一息置いて続けた。


「現在の影衛は、たった12名。全員が2級以上の退魔師で構成されている。君たちは確かにまだ学生だが、その力は既に影衛に匹敵する。というより……」


 彼は意味深な表情を浮かべた。


「君たち二人の力こそ、今の危機を乗り越えるために必要不可欠なものなんだ」


「でも、二週間で影衛の訓練を?」


俺の疑問に、学院長は少し焦れたように首を振る。


「それしか時間がないんだ。今回の襲撃を理由にしても、賢樹家の要求を誤魔化すのは2週間が限界だ。なぜならば、2週間後に、退魔協会では重要な会議が開かれる。そこで……」


 突然、部屋の灯りが再び消えた。


「また来たか!」


 俺は即座に【蒼嵐そうらん】を展開。しかし今度は、窓からではなかった。


颯馬そうま先輩、上です!」


凛の声と共に、天井が大きな音を立てて崩れ落ちた。


「くっ!」


俺は咄嗟に凛を抱きかかえ、飛び退く。煙が晴れた時、そこには見覚えのある人影が立っていた。


「やぁ、凛。久しぶり」


その声に、凛の体が震えた。


「お義兄……さん……」

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