第6話 特別な課外授業への誘い

 翌日の職員室前、俺と凛は緊張した面持ちで立っていた。狐堂こどう先生の呼び出しに、二人とも落ち着かない様子だ。


蒼宮あおみや先輩……」


 凛が小さな声で呼びかけた。


「私たち、叱られるんでしょうか?」


 俺は強がりの笑みを浮かべた。


「大丈夫だ。叱られるんだったら昨日のうちに叱られているはず。それに、何も悪いことはしていない」


 そう言いつつも、内心では不安が渦巻いていた。狐堂先生は鋭い洞察力で有名だ。俺たちの特訓の何かが問題だったのだろうか。


「おや、来てくれたんだね」


 突然ドアが開き、狐堂先生が顔を出した。相変わらず謎めいた笑みを浮かべている。


「さあ、入りたまえ」


 俺たちは言われるがまま職員室に入った。他の先生たちの姿が見えない。


「座りなさい」


 狐堂先生は二つの椅子を指さした。


 俺と凛は隣同士に座った。狐堂先生は俺たちの向かいの椅子に腰を下ろした。


「さて」


 狐堂先生は口を開いた。


「君たち、面白いことをしているね」


 俺は咄嗟に答えた。


「先生、別に悪いことは……」


「いや」


 狐堂先生は手を振った。


「叱りに呼んだわけじゃない。むしろ、褒めたいくらいだ」


 俺と凛は驚いて顔を見合わせた。


「実はね」


 狐堂先生は続けた。


「君たち二人の霊力の共鳴を感じていたんだ。珍しい現象でね、とても興味深い」


「共鳴……」


 俺はつぶやいた。確かに、特訓の時に不思議な感覚があった。やはりあれが霊力の共鳴だったのか。


「そうだ」


 狐堂先生は頷いた。


「特に君たちの場合、互いの霊力の性質が全く異なるのに共鳴している。これは非常に稀なケースだ」


 凛が小さな声で聞いた。


「それは……良いことなのでしょうか?」


 狐堂先生は優しく微笑んだ。


「ああ、とても良いことだ。互いの長所を補い合える可能性がある。だからこそ、私から提案がある」


「提案……?」


 俺は首を傾げた。


「そう」


 狐堂先生は真剣な顔になった。


「君たち二人で、特別な課外授業を受けてみないか?」


 俺と凛は驚いて目を見開いた。


「特別な……課外授業?」


 俺が聞き返した。


 狐堂先生は頷いた。


「君たちの能力を伸ばすための、特別なプログラムだ。もちろん、参加は自由だ。でも、これは稀有な機会だと思うがね」


 俺は考え込んだ。確かに、魅力的な提案だ。でも、それだけじゃない気がする。狐堂先生の目には、何か別の意図が隠されているように見える。


「先生」


 俺は慎重に言葉を選んだ。


「その課外授業、具体的にどんな内容なんですか?」


 狐堂先生は意味ありげな笑みを浮かべた。


「よく聞いてくれた、蒼宮君。実はね……」


 その時、突然職員室のドアが勢いよく開いた。


「狐堂先生!大変です!」


 慌てた様子で飛び込んできたのは、生徒会長の沙織だった。


「どうしたんだ、鷹司たかつかささん?」


 狐堂先生が立ち上がった。


 沙織は息を切らしながら言った。


「中庭で、賢樹さかき家の生徒たちが……凛さんを探して……」


 俺は咄嗟に立ち上がった。


「くそっ、またか!」


 凛の顔が青ざめる。


「私のせいで……」


「違う」


 俺は凛の肩をつかんだ。「賢樹さんは……凛は悪くない。行くぞ」


 狐堂先生が俺たちを呼び止めた。


「待ちなさい。二人とも、慎重に行動するんだ」


 俺たちは足を止めて振り返った。


 狐堂先生は真剣な顔で言った。


「いつでも無力化できるよう準備をしておく。もし何かあったら、すぐに私を呼びなさい。いいね?」


 俺たちは頷いて、急いで職員室を出た。


 廊下を走りながら、俺は考えていた。なぜ賢樹家の連中は凛をこんなに追い詰めるんだ?単なるいじめを超えている気がする。そして、狐堂先生の提案。全てが何かに繋がっているような気がしてならない。


「先輩」


 凛が息を切らしながら言った。


「私、もう逃げたくありません」


 俺は驚いて凛を見た。その瞳に、今まで見たことのない決意の色が宿っている。


「よし」


 俺は頷いた。


「じゃあ、一緒に立ち向かおう」


 中庭に着くと、そこには数人の賢樹家の生徒たちが立っていた。その中心にいるのは、見覚えのある男子生徒。


「賢樹家の次男、竜二りゅうじ


 俺は低い声で言った。


 賢樹 竜二。凛へのいじめを主導している男だ。


「おや」


 竜二が嘲笑うように言った。


「蒼宮先輩じゃないですか。うちの恥さらしと一緒にいるなんて、格が落ちましたね」


 俺は怒りを抑えながら前に出た。


「竜二、もうやめろ。凛は何も悪くない」


「悪くない?」


 竜二が声を荒げた。


「あいつは賢樹家の恥だ!なのに、お前らときたら……」


 その時、凛が俺の横に立った。


「もう……十分です」


 凛の声は小さいが、芯が通っていた。


「私は、逃げません」


 俺は驚いて凛を見た。その姿は、今までの怯えた少女とは全く違う。凛の周りに、薄紫の霊気が渦巻き始めた。


「ほう」


 竜二が挑発するように言った。


「じゃあ、お前の力、見せてもらおうじゃないか!」


 竜二が腕を上げた瞬間、俺は咄嗟に凛をかばった。


「先輩、大丈夫です」


 しかし、凛の声が聞こえた。振り返ると、凛の周りに薄紫の結界が張られていた。


「な……何だと!?」


 竜二が驚いた声を上げた。


 その瞬間、俺は自分の体から青い霊力が漏れ出しているのに気づいた。そして、その青い霊力が凛の紫の霊気と絡み合い、美しい渦を作り始めた。


 周囲から驚きの声が上がる。


 俺と凛は顔を見合わせた。これが、共鳴?


 その時、誰かが拍手をする音が聞こえた。


「素晴らしい」


 振り返ると、そこには狐堂先生が立っていた。


「これこそが、私が話していた特別な力だ」


 狐堂先生は満足そうに言った。


「さて、みなさん。これ以上のトラブルは避けましょう。竜二君、他の諸君も、職員室まで来なさい」


 竜二たちは渋々と従った。去り際、竜二は凛を睨みつけた。


「覚えてろよ……」


 彼らが去った後、狐堂先生は俺たちに向き直った。


「さて、二人とも。明日、放課後に職員室まで来てくれたまえ。話の続きをしよう」


 そう言って、狐堂先生も立ち去った。


 俺と凛は、まだ信じられない思いで立ち尽くしていた。


「颯馬先輩……」


 凛が小さな声で言った。


「私たち、これからどうなるんでしょうか……」


 俺は空を見上げた。夕暮れの空が、青と紫に染まっていく。


「わからん」


 俺は正直に答えた。


「でも、一つだけ確かなことがある」


「何でしょうか?」


 俺は凛に向き直り、微笑んだ。


「俺たちは、もう一人じゃないってことだ」


 凛の目に、小さな涙が光った。そして、かすかな笑みが浮かんだ。


 俺たちの前に、未知の道が広がっている。その先に何が待っているのか、まだ分からない。でも、一緒に歩んでいけば、きっと。


 そう思った瞬間、突然頭に鋭い痛みが走った。


「うっ……」


 俺は思わずよろめいた。


「先輩!?」


 凛が慌てて俺を支える。


 視界がぼやける。そして、見覚えのない光景が頭の中に浮かんだ。


 荒涼とした大地。空には、巨大な、何かが浮かんでいる。


 そして、かすかな声が聞こえた。


「来るぞ……」


「先輩!大丈夫ですか!?」


 凛の声で我に返った。俺は冷や汗をかいていた。


「ああ……大丈夫だ」


 俺は凛に向かって微笑もうとしたが、内心は動揺していた。


 今の光景は、あれは一体なんだ?


 俺たちの前に広がる道は、思っていた以上に険しいものになるのかもしれない。そんな予感が、俺の心を重くした。

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