第43話 目覚めの朝

  眩い光が収まったとき、俺たちは京都の街並みを見下ろす伏見稲荷大社の境内にいた。朝日が山の端から顔を出し始め、辺りは柔らかな光に包まれている。


「無事、戻ってこれたみたいですね」


 凛の声は、どこか懐かしさを帯びていた。振り返ると、彼女は疲れた様子を見せながらも、穏やかな笑みを浮かべていた。


 その様子に安堵しかけた時、突然の声が響いた。


「みんなーーー!」


 振り向くと、沙織が階段を駆け上がってくるところだった。


「沙織! なんでここに?」


 俺が驚いて声を上げると、彼女は息を切らしながら古い巻物を掲げた。


「これ、見て!」


 その巻物には、見覚えのある文様が浮かび上がっている。それは環境圏を象徴する紋様そのものだった。


「あら、予定通りね」


 美奈子が、優雅に微笑む。


「ちょっと! 何が予定通りなのよ?」


 沙織が、拗ねたような声を上げる。


「私を置いていったくせに!」


「いや、それは」


 言い訳しようとする俺を、鳳学院長が制した。


「沙織くん。あなたには、大切な役目があったのです」


「役目?」


「ええ」


 学院長は、静かに巻物を指差した。


「その巻物は、新しい世界の『記録者』を選ぶ道具。そして——」


「私が選ばれた?」


 沙織の声が震える。その時、巻物が淡い光を放ち、文字が浮かび上がり始めた。


「へえ、面白いことになってきたな」


 賢樹剛志が、珍しく楽しそうな表情を見せる。


「八葉千鶴の計画は、ここまで考えていたとはな」


 その言葉に、凛が目を見開いた。


「母さんは、全て……」


「いいえ」


 美奈子が、優しく首を振る。


「八葉千鶴様は、可能性を用意しただけ。それを選び取ったのは、私たち自身よ」


 確かに。環境圏も、第四の層も、全ては俺たちが見つけ出した答えだった。


「それより」


 沙織が、突然真面目な表情になった。


「みんな、外を見て」


 言われるまでもなく、俺たちは既に気づいていた。境内から見下ろす京都の街並みが、どこか違って見える。


 いや、違って「見える」のではない。


「世界が、変わったんですね」


 凛の【幽明霊瞳】が、七色に輝く。


「でも、怖くありません」


 確かに。目に映る景色は、どこか幻想的でありながら、決して現実離れしてはいない。むしろ、今までよりも鮮やかに、生き生きと感じられる。


「人の世界と妖魔の世界が、完全に重なり合った」


 美奈子が説明を加える。


「でも、互いを侵すことなく、ただ存在している」


 その時、突然の声が響いた。


「おやおや、大変なことになりましたねぇ」


 振り向くと、狐堂清明が立っていた。その表情には、いつもの謎めいた笑みが浮かんでいる。


「先生!」


「これからが大変です」


 清明は、真面目な表情に戻った。


「新しい世界には、新しい問題が付きまとう。そして——」


 その言葉が終わる前に、遠くで大きな轟音が響いた。


「なっ!」


 俺が叫ぶ前に、凛の【幽明霊瞳】が強く反応する。


「これは……」


 彼女の声が震えた。


「まさか、こんなに早く」


 空が、不気味な色に染まり始めていた。

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