第4話 迷いの蒼嵐

 朝のホームルームが終わり、俺は教室の窓から外を眺めていた。桜の花びらが風に舞う様子は、まるで俺の心のようだった。落ち着かない。そう、賢樹さかき りんのことで頭がいっぱいだ。


「おーい、蒼宮あおみや


 声に振り返ると、クラスメイトの高山が不思議そうな顔で俺を見ていた。


「どうした?」


 俺は尋ねた。


「いや、お前がボーっとしてるなんて珍しいなと思って」


 高山は笑いながら言った。


「もしかして、恋でもしたのか?」


 俺は思わず咳き込んだ。


「バカ言うな。そんなんじゃない」


「へえ~。でも、何かあったんだろ?」


 俺は少し考えてから答えた。


「ちょっと気になる後輩がいるんだ」


「おお!」


 高山の目が輝いた。


「蒼宮にして珍しい。どんな子なんだ?」


 俺は少し躊躇したが、話すことにした。高山は意外と鋭いところがある。彼の意見を聞くのも悪くないかもしれない。


「賢樹 凛って知ってるか?」


 高山は首を傾げた。


「ん?ああ、噂の新入生か。確か、賢樹家の養女だろ?」


「そう」


 俺は頷いた。


「その子、すごい霊感を持ってるんだ。でも……」


「でも?」


「いじめられてるんだ。しかも、同じ賢樹家の連中にな」


 高山は驚いた顔をした。


「マジかよ。それは酷いな」


「だろ?」


 俺は同意した。


「だから、俺はその子に手を貸したいと思っているんだ。でも……」


「でも、どうやって介入すればいいか分からない?」


 高山が言葉を続けた。


「そう」


 俺は頷いた。


「俺が出しゃばると、かえって状況を悪くするかもしれない。かといって、放っておくわけにもいかないだろ」


 高山は腕を組んで考え込んだ。


「確かに難しい。お前、退魔学院のエースだもんな。お前が動けば、みんな注目するだろうし」


 そう、それが問題なんだ。俺は内心で苦笑いをした。エースだなんて、そんな大それたものじゃない。でも、確かに目立つ存在ではある。


「よし、決めた!」


 高山が突然声を上げた。


「何を?」


「俺が様子を見てくる」


 高山はニヤリと笑った。


「俺ならただの2年生だから目立たないし、自然に情報も集められるだろ」


 俺は驚いた。


「高山が?でも……」


「いいっていいって」


 高山は手を振った。


「そんな話聞いちゃ俺も気になるしな。それに、蒼宮が心配してる子なら、きっと特別な子なんだろ?となると、蒼宮のために一肌脱いでやるよ」


 俺は少し照れくさくなった。


「そんな……」


「じゃあ放課後に1年の教室に行ってくる。何か分かったら報告するよ」


 高山はそう言って、教室を出て行った。俺は彼の後ろ姿を見送りながら、少し安堵のため息をついた。思わぬところで協力者が現れたな。


 昼休み、俺は屋上で一人弁当を食べていた。ここなら誰にも邪魔されない。静かに考えを整理できる。


「やっぱりここにいた」


 振り返ると、沙織が立っていた。


「何だよ、沙織」


 俺は少しぶっきらぼうに言った。


「もう、そんな態度取らないでよ」


 沙織は俺の隣に座った。


「賢樹さんのこと、考えてたんでしょ?」


 図星だ。俺は黙ってうなずいた。


「で、どうするの?」


 沙織が尋ねた。


「……分からない」


 俺は正直に答えた。


「昨日一晩考えたんだけどさ。守りたいって俺のエゴなんだよな。今のままでいいとは思わないけど、下手に俺が介入した結果、かえって状況を悪くする可能性もある。そう考えると、どうしたものかなーってね」


 沙織は少し考えてから言った。


「そうね。確かに難しいわ。でも、颯」


「ん?」


「あんたらしくないわよ」


 沙織は真剣な顔で言った。


「普段なら、迷わず飛び込んでいくあんたが」


 俺は驚いた。そうか、俺らしくないのか。


「でも、今回は違うんだ」


 俺は静かに言った。


「賢樹さんの力は特別だ。俺が軽率に動いて、その力を潰してしまうかもしれない」


 沙織は優しく微笑んだ。


「そう考えるなんて、颯も成長したのね」


 俺は少し照れくさくなると同時に、なんとなく成長を見守られているようで居心地が悪い。


「でも、あんたの直感も大切よ」


 沙織は続けた。


「あなたが賢樹さんを守りたいと思ったのは、きっと意味があるはず」


 俺は黙って考え込んだ。沙織の言葉が心に響く。


「そうだな……」


 俺はつぶやいた。


「少しずつ接近してみるか。自然な形で」


「そうね」


 沙織は頷いた。


「わたしも協力するわ。生徒会の立場を利用して、賢樹さんを守る方法を考えてみる」


 俺は感謝の気持ちを込めて沙織を見た。


「ありがとう」


 放課後、俺は1年生の教室から少し離れたところをうろついていた。高山からの報告を待っているのだ。


「おい、蒼宮!」


 振り返ると、高山が走ってきた。


「どうだった?」


 俺は急いで尋ねた。


 高山は少し息を整えてから話し始めた。


「蒼宮が気にしてた賢樹って子、やっぱ特別だ。気になって授業中にこっそり見に行ったんだけど、霊力操作の授業で、2年のオレも見たことないような技を見せたんだ」


「へえ」


 俺は興味深そうに聞いた。


「でもな」


 高山の表情が曇った。


「その直後、同じクラスの連中に囲まれて、酷い言葉を浴びせられてた」


 俺は拳を握りしめた。


「先生は?止めなかったのか?」


「……ああ、形だけ止める言葉を投げかけちゃいたが、ありゃ止める気はないな」


「やっぱりか……」


「蒼宮」


 高山が真剣な顔で言った。


「オレも、あの子に手を差し伸べるの協力するぜ。あんなん見せられちゃ黙ってらんねぇよ」


 俺は高山の肩に手を置いた。


「ありがとう、高山。俺も同じ気持ちだ」


 二人で考え込んでいると、突然、廊下の向こうから悲鳴が聞こえた。


「あれは……」


 高山が声を上げた。


「賢樹さんの声だ!」


 俺は咄嗟に走り出した。


 廊下の角を曲がると、そこには凛が倒れていた。周りには数人の生徒たちがいる。どうやら、わざと突き飛ばしたようだ。


「おい!」


 俺は怒鳴った。


「何してる!」


 生徒たちは俺の姿を見て、慌てて逃げ出した。


 俺は凛に駆け寄った。


「大丈夫か?」


 凛は震える手で俺の制服の袖をつかんだ。


「先輩……」


 その瞬間、俺は凛の目に涙が浮かんでいるのを見た。そして、彼女の周りに漂う紫がかった霊気が、激しく揺れているのに気づいた。


「しっかりしろ」


 俺は静かに言った。


「もう大丈夫だ」


 凛はゆっくりと頷いた。しかし、その瞳には恐怖の色が残っていた。


 俺は決意した。もう迷っている場合じゃない。手を差し伸べるなんて悠長なこと言ってられない。俺は、この子を守る。それが俺にできる唯一のことだ。


「賢樹さん」


 俺は真剣な顔で言った。


「明日から、俺と特訓をしよう。君が自衛できるだけの力を身につけるんだ」


 凛は驚いた顔をした。


「でも、先輩……私なんかが……」


「大丈夫だ」


 俺は微笑んだ。


「薄々気づいていると思うけど、君には特別な力がある。それを活かす方法を、俺が教えてやる」


 凛の目に、小さな希望の光が宿った。


 その時、俺はまだ知らなかった。この決断が、俺たち二人の運命を大きく変えることになるとは。そして、退魔学院全体を揺るがす大事件の引き金になるとも。

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