第18話 血雨の真実

 血のような赤い雨が降り注ぐ中、俺たちは地下室へと急いでいた。


八葉はちようじゅつ……」


 学院長の声が重い。


「まさか、あの術式を使うとは」


楓馬そうま先輩!」


 走りながら凛が叫ぶ。


「この雨、お母さんの霊気が...!」


「八葉千鶴ちづるさんの霊気……?」


 その瞬間、赤い雨粒が俺の頬をかすめた。途端、奇妙な映像が脳裏に浮かぶ。


『約束よ、凛。母さんが必ず迎えに行く』


『お母さん!』


『だから、それまで...』


「っ!」


 俺は頭を振る。今の映像は……記憶?


「颯!しっかりして!」


 沙織の声で我に返る。


「ああ、大丈夫だ」


 俺は額の汗を拭う。


「でも、この雨に触れると……」


「過去の記憶が見えるのね」


 沙織が頷く。


「これが八葉流秘術……血雨ちさめの術だ。当たりすぎると意識を奪われるぞ」


 おおとり学院長の忠告に、俺たちは足を早める。地下室に辿り着いた時、凛が突然立ち止まる。


「凛?」


 俺が声をかけると、彼女は震える声で言った。


「私……思い出しました。お母さんとの最後の日のこと」


 学院長が静かに目を閉じる。


「八葉千鶴の最後……あの日、何があったんだ?」


 凛は深く息を吸い、話し始めた。


「五歳の誕生日の朝でした。お母さんが突然、私を抱きしめて……」


 凛の声が詰まる。


「『どんなことがあっても、母さんはあなたを守る』って」


「それから?」


 沙織が優しく促す。


「その夜……大きな音で目が覚めたんです。お母さんの部屋から、赤い光が……」


 凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が僅かに輝く。


「私が駆けつけた時、お母さんの姿は消えていて……ただ血の雨だけが降っていました」


「血戒事変の始まりね」


 沙織が呟く。


「でも、まだ分からないわ。なぜ八葉千鶴は……」


 突然、地下室全体が振動する。


「来たか」


 学院長が身構える。


蒼宮あおみや君、結界を!」


 俺は即座に結界術を張り、その外側に【蒼嵐そうらん】を展開。青い風が部屋を包み込む。


 その時、天井から血の雨が滴り始めた。それは床に落ちると、人の形を作っていく。


「化けの皮を剥がすわ!」


 沙織が印を結ぶ。


「鷹司流秘術……」


「待って!」


 凛が前に出る。


「この気配……狐堂こどう先生?」


 血の雨から形作られた人影が歪む。


「さすが【幽明霊瞳】の持ち主だ」


 狐堂清明きよあきの声が響く。


「だが、もう遅い」


「清明!」


 学院長が怒鳴る。


「貴様、なぜ戻ってきた!?」


 清明が嘲笑う。


「私はただ、真実を明らかにしようとしているだけですよ」


「真実?」


 凛が問う。


「お母さんのことを……知ってるんですか?」


「ああ、もちろん」


 清明の口調が変わる。


「八葉千鶴様は……私の師匠だったからね」


「え……?」


 凛の声が震える。


「十二年前、八葉の祠で起きた事件。あれは単なる事変ではない」


 清明は続ける。


「あれは……八葉千鶴様の計画の一部だった」


「計画?」


 俺は思わず声を上げる。


「そう」


 清明が凛を見つめる。


「全ては凛君を守るため。そして……」


 その時、突然部屋中の空気が凍りついた。


「いかん!」


 学院長が叫ぶ。


「これは……」


 天井が、まるでガラスが割れるように砕け散る。そこから降り注ぐのは、より濃い血の雨。


 そして、その中から現れたのは。

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