第19話 八葉の血を継ぐ者

 砕け散った天井から降り注ぐ血の雨。その中から現れたのは、一人の女性だった。長い黒髪が風に揺れ、着物の裾が宙に浮かんでいる。


「お母さん……!?」


 凛の声が震える。


「久しぶりね、凛ちゃん」


 女性が微笑む。その表情には慈愛が溢れている……はずなのに、どこか不気味さを感じる。


「私のこと、覚えてる?八葉はちようべによ。凛ちゃんのお母様、八葉千鶴ちづるの妹……あなたの叔母よ」


「紅様!」


 狐堂こどうが驚きの声を上げる。


「まさか、あなたまでじゅつを……」


清明きよあきくん」


 紅は柔らかく言う。


「よく凛ちゃんを守ってくれたわね。でも、もうここからは私に任せて」


楓馬そうま先輩……」


 凛が俺の袖を掴む。その手が震えている。怯えているのか。


「ふふ、怖がることはないわ」


 紅が一歩前に出る。


「ただ、お姉様の遺志を継ぐだけ。八葉のを……ね」


血戒事変けっかいじへんの真実を話しなさい」


 学院長が厳しい声で言う。


「八葉千鶴がじゅつで暴走したのは、本当は……」


「暴走?」


 紅の声が冷たくなる。


「お姉様は暴走なんかしていないわ。あれは全て……計画通りだった」


「計画……?」


 凛の声が震える。


「そう」


 紅はゆっくりと歩き出す。血の雨が、彼女の周りで渦を巻いている。


「八葉のには、特別な力が宿っているの」


 突然、紅の体が赤く輝き始めた。


「退魔協会は、その力を恐れた」


 紅の声が轟く。


「だから、お姉様は選んだの。自分の命と引き換えに、娘を守ることを」


 その瞬間、紅の周りの血の雨が一斉に凍りつく。無数の赤い結晶が、まるで剣のように宙に浮かぶ。


「くっ!」


 俺は即座に【蒼嵐そうらん】を展開。青い風が凛を包み込む。


「無駄よ」


 紅が手を振る。血の結晶が、俺の【蒼嵐】を貫こうとする。


「させるか!」


 学院長が印を結ぶ。


玄武げんぶの盾!」


 緑の光が走り、結晶の雨を防ぐ。


「あら、さすがおおとり家当主ね」


 紅が面白そうに笑う。


「でも……これならどう?」


 彼女が両手を広げると、血の結晶が溶け出し、人の形を作り始める。


「お母さん……?」


 凛が息を呑む。


 血で作られた人形は、八葉紅とそっくりの姿をしていた。


「これが……じゅつの真髄」


 紅が語る。


「私たち八葉のには、記憶が宿っているの。そして、その記憶は……形を持つことができる」


「お母さん、なの……?」


 凛が一歩前に出る。


「凛!危ない!」


 俺は彼女を引き戻そうとする。


楓馬そうま先輩、大丈夫です」


 凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が、強く輝いている。


「私にも……見えます」


「え……?」


「血の中の記憶が……」


 凛の声が変わる。


「お母さんが残した……本当の記憶が!」


 その瞬間、凛の【幽明霊瞳】から放たれた光が、血で作られた千鶴の姿を包み込んだ。


「まさか!」


 紅の表情が崩れる。


「あなた、もう覚醒しているの!?」


 血の人形が、まるで本物のように動き出す。


『凛……私の娘よ』


 千鶴の声が響く。それは紅が作り出した偽りの声ではない。確かな意思を持った、本物の声だった。


「お母さん!」


『聞いて、凛……十二年前、私が選んだ道は……』


 だが、その言葉は途中で途切れた。紅の術式が、千鶴の姿を歪ませる。


「駄目よ」


 紅の声が冷たい。


「まだ早いわ。凛ちゃんには知らせない方が……」


「やめて!」


 凛が叫ぶ。


「お母さんの声を……消さないで!」


 その時だった。凛の【幽明霊瞳】と俺の【蒼嵐】が、再び共鳴を始める。


「な……何!?」


 紅が後ずさる。


 青と紫の光が混ざり合い、螺旋を描く。その中心で、八葉千鶴の姿が、より鮮明になっていく。


『紅……愛おしい妹よ。あなたが一人で抱え込む必要はないわ』


 千鶴の声が響く。


『あなたも見た真実を、凛にも教えてあげたいの』


「姉さん……!」


 紅の表情が苦悶に歪む。


「違う!これは……!」


 その瞬間、全ての血の雨が凍りつく。

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