第20話 記憶の中の約束
凍りついた血の雨が、無数の赤い結晶となって宙に浮かぶ。その中心で、
『
千鶴の声が静かに響く。
『凛は、もう十分に強くなった』
「違います!」
紅が叫ぶ。その声には、悲痛な響きがあった。
「まだ……まだ凛ちゃんは守らないと!姉さんの遺志を……!」
「叔母様……」
凛が一歩前に出る。
「私にも、教えてください。お母さんが選んだ道を」
紅の体が震える。血の結晶が、不規則に明滅を始めた。
「凛ちゃん……あなたは、あの日のことを覚えていない」
紅の声が掠れる。
「退魔協会が……
その瞬間、結晶の一つが砕け散る。そこから映し出されたのは、十二年前の光景。
「これは……!」
学院長が息を呑む。
映像の中で、八葉千鶴が小さな凛を抱きしめている。
『もう少しよ、凛』
映像の中の千鶴が微笑む。
『母さんが、あなたの未来を……必ず……』
「お母さん……」
凛の目から、涙が零れる。
俺は無意識に凛の手を握っていた。彼女の体が小刻みに震えている。
次々と結晶が砕け散り、新たな記憶の断片を映し出していく。
八葉の祠での秘術の研究。
退魔協会との対立。
賢樹家との密約。
そして……。
「これが、
映像は、八葉の祠での最後の場面を映し出していた。千鶴は、巨大な結界の中心で術式を展開している。
『八葉の血を持つ者よ』
千鶴の声が響く。
『我が血の記憶を受け継ぎ、真実を知れ』
「血の記憶……」
凛の【
「だから、お母さんは……」
『そう』
現実の空間に、再び千鶴の声が響く。
『私は、術式と共に自らの記憶を血に封じ込めた。いつか、あなたが目覚める時のために』
「しかし」
学院長が口を開く。
「なぜそこまで……」
その時、紅が笑い出した。それは、悲しみに満ちた笑いだった。
「分からないの?」
紅は涙を流しながら言う。
「八葉の血には、妖魔の術はおろか退魔師の術式すらも無効化する力が眠っているのよ。その力を……凛ちゃんは受け継いでいる」
「術式を……無効化?」
俺は困惑する。
「そう」
紅が頷く。
「【
「だから退魔協会は……」
沙織が声を震わせる。
「八葉家を……千鶴さんを……」
「ええ」
紅の表情が暗くなる。
「私たちの血を、恐れたの」
その時、凛が静かに前に進み出た。
「
彼女は振り返り、微笑む。
「私、分かりました。お母さんが私に何を託したのか」
「凛……」
「だから……」
彼女は紅の方を向く。
「叔母さん、もう大丈夫。私は……逃げない」
紅の目が見開かれる。
「凛ちゃん……」
その瞬間、凛の【幽明霊瞳】から放たれる光が、部屋中を包み込んだ。それは今までにない、温かな輝き。
「これは……!」
血の結晶が、まるで春の桜のように、優しく光を放ちながら溶けていく。その中で、八葉千鶴の姿も、ゆっくりと実体化していった。
『凛……私の愛しい娘よ』
千鶴が微笑む。
『あなたの選択を……誇りに思うわ』
「お母さん!」
凛が駆け寄ろうとする。
「危ない!」
俺は咄嗟に凛を抱きとめた。天井から、新たな気配が迫っていた。
轟音と共に、結界が砕け散る。
「退魔協会特別機動部隊……」
学院長の表情が険しくなる。
「まさか、もう動き出すとは」
無数の術式が、俺たちを取り囲んでいく。
『行きなさい』
千鶴の声が響く。
『八葉の祠へ……全ての真実が、そこにある』
「でも……!」
『大丈夫』
千鶴が凛に微笑みかける。
『あなたには……凛んは、素晴らしい仲間がいるもの』
俺は凛の手を強く握る。
「行こう」
「はい!」
凛が頷く。その瞳には、もう迷いはない。
「させるか!」
特別機動部隊の声が響く。
「ふふ……甘いわね」
紅が立ちはだかる。
「私の役目は……まだ終わっていないもの」
血の結晶が、再び形を変えていく。
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