第21話 紅の決意、青き風の誓い

 べにの周りで、血の結晶が渦を巻く。その光景は美しくも、どこか物悲しい。


「行きなさい」


 紅は振り返ることなく言う。


「姉さんの遺志を……私が守るわ」


「叔母さん……」


 凛の声が震える。


 俺は息を飲んだ。紅の放つ霊力が、見る見るうちに増大していく。血の結晶が、まるで生き物のように蠢き始めた。


「なるほど」


 学院長が呟く。


「これが八葉はちよう流奥義……【血化万象けっかばんしょう】か」


 結晶が次々と形を変え、獣や鳥、さらには人の形となって、特別機動部隊を取り囲んでいく。


「おっと、これは派手になりそうだね」


 狐堂こどうが軽い調子で言う。


「私も手伝おうかな」


清明きよあきくん」


 紅が静かに言う。


「あなたは、凛ちゃんを……」


「はいはい、分かってます」


 狐堂は苦笑する。


「これも、千鶴ちづる様との約束ですから」


 その時、特別機動部隊が一斉に動き出した。


「術式展開!」


「結界を張れ!」


「対象の確保を!」


 無数の術式が、光の網となって襲いかかる。


「ふふ……」


 紅が笑う。


「八葉の血を甘く見ないで!」


 血の結晶が舞い踊り、術式を次々と砕いていく。


そう!今よ!」


 沙織の声が響く。


「私たちが道を開くわ!」


 俺は頷き、凛の手を強く握る。


「行くぞ!」


「はい!」


 凛も力強く応える。


「させるか!」


 特別機動部隊の一人が俺たちの前に立ちはだかる。


「邪魔すんな!」


 俺は【蒼嵐そうらん】を全開にする。青い風が渦を巻き、相手の術式を弾き返す。


「あら、随分と腕が上がったじゃない」


 紅が感心したように言う。


「姉さんの記憶は正しかったわ。あなたなら……」


 その言葉の意味を考える暇はなかった。俺たちは全速力で地下通路を駆けていく。


「楓馬先輩!」


 走りながら凛が叫ぶ。


「叔母さんは、叔母さんたちは大丈夫でしょうか……」


「大丈夫だ」


 俺は確信を込めて答える。


「あの人は……いや、あの人だけじゃないな。残ったみんなは強い。おおとり学院長だって残っている。きっと、大丈夫だよ」


 後ろから激しい戦闘音が聞こえてくる。紅のじゅつと、特別機動部隊の術式がぶつかり合う音。


「青春をやっているところを邪魔して悪いんだが」


 狐堂が余裕そうな声で言う。


「八葉の祠までは、どうやって行くつもりかな?」


「それは……」


 俺は言いかけて、はっとする。狐堂の指摘の通り、八葉の祠までの道筋を俺は知らない。狐堂なら知っているんじゃないか。そう思った俺が口を開くより先に、隣を走る凛が宣言する。


「私が案内します」


 凛が静かに言う。


「お母さんの記憶の中に、道筋が……」


 突然、通路が大きく揺れる。


「くっ!」


 俺は咄嗟に凛を庇う。天井から砂埃が落ちてくる。


「上からの衝撃だと……」


 狐堂が眉をひそめる。


「まさか、本部が……急げ!」


 狐堂が叫ぶ。


「このままでは校舎が崩壊する!」


 通路を駆け抜けていく。そして地下駐車場に辿り着いた。


「うわっ!」


 思わぬ景色に俺の口から声が出る。


 駐車場には既に数台の車が待ち構えていた。そしてその横には、見覚えのある姿。


「母さん!?」


 俺の声が裏返る。


 蒼宮あおみやかえでが、まるで当然のように立っていた。


「遅かったわね」


 母は呆れたように言う。


「私たちの車を待たせっぱなしにして」


「私たち……?」


 母の隣から、次々と人影が現れる。先ほどの特別機動隊とは異なり、黒いスーツを基調とした制服。たぶん噂に聞く影衛かげえの制服だろう。その制服に身を包んだ退魔師たち。


「なるほどな」


 その中の一人が前に出る。渋い声の中年の男性だ。


「これが噂の最強コンビってわけか」


「影衛総帥そうすいまで出てくるのか……!」


 狐堂が驚きの声を上げる。


「説明は後だ」


 総帥が短く言う。


「とりあえず、逃げるぞ」


「えっと」


 俺は困惑する。


「これって……」


「ふふ」


 母が クスリと笑う。


「影衛は、八葉千鶴さんの意思を受け継ぐ者たちよ。ずっとこの時を……待っていたの」


 その瞬間、駐車場が大きく揺れる。


「来たか」


 総帥が身構える。


「蒼宮楓、頼んだぞ」


「はい!」


 母は凛の手を取る。


「さあ、行きましょう。八葉の祠で、全てが明らかになるわ」


 だが、轟音と共に、駐車場の壁が崩れ落ちる。

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