第33話 心の絆、最後の選択

 『幽世帝』が妖魔の本性を現した姿は、あまりにも圧倒的だった。漆黒の体躯は霧の中でうねり、九本の尾は空間そのものを歪めている。


「へぇ」


 狐堂が、やや引きつった笑みを浮かべる。


「これが噂の『お義父さん』ってわけですか」


「先生」


 俺は思わず突っ込む。


「そんなジョークを言う場面じゃ——」


「いいの」


 凛が小さく笑った。その表情には、不思議な晴れやかさがあった。


「やっと分かったから」


「分かった?」


 蒼宮あおみやかえで、母が優しく問いかける。


「うん」


 凛は頷く。


「お母さんが、なぜ父を愛したのか」


 その言葉に、巨大な影が僅かに揺らめく。


「ほう」


 『幽世帝かくりょてい』の声が響く。


「それは、どういう意味だ?」


「だって」


 凛は真っ直ぐに巨大な妖魔を見上げた。


「あなたは、お父さんは、本当は世界を歪めたくなかったんでしょう?」


「なに?」


 今度は剛志つよしが驚きの声を上げる。


「そうです」


 凛は静かに続ける。


「父は、母と出会って初めて『絆』を知った。でも——」


「黙れ」


 『幽世帝』の声が震える。


「人と妖魔の絆など、所詮は——」


「偽りではありません!」


 凛の強い声が、場を支配する。


「私には見えます。父の中の、母への想い」


 その時、金色の紋様が更に強く輝き始めた。


「面白い」


 夜科やしな総帥が呟く。


「術式が、凛の言葉に反応している」


「当然です」


 べにさんが微笑む。


「この術式の本質は『絆』なのですから」


 竜二が困惑した声を上げる。


「じゃあ、賢樹さかき家が代々伝えてきた力は?」


「その源も『絆』よ」


 母が優しく説明する。


「ただ、それを『血』だと思い込んでいただけ」


「そんな」


 剛志の声が震える。


「ならば、私は——」


「お前は正しかった」


 『幽世帝』が、突然静かな声で言った。その声には、人としての温もりが残っている。


「凛を育てた想いは、本物だ」


「お、父さん……」


 凛の目に、涙が光る。


「しかし」


 『幽世帝』が続ける。


「それでも、この門は開かれねばならない」


 巨大な影が、さらに濃くなっていく。


「理由は分かるか?我が愛しい娘よ」


「はい」


 凛は静かに頷いた。


「お父さんは、このままじゃ世界が壊れると思ってる。人と妖魔の境界が、もう限界だから」


「その通りだ」


 影が唸るように震える。


「だからこそ、幽世の門を開き、全てを一つに——」


「でも、それは違います」


 凛が一歩前に出る。


「世界は、確かに歪んでる。でも——」


 その時だった。


「凛!」


 俺は思わず叫んだ。黒い門から溢れ出した霧が、凛の体を包み込もうとしている。


「大丈夫」


 彼女は振り返り、俺に微笑みかけた。


「この霧も、父の想いなんだから」


 そう言って、凛は霧に包まれた。


「やめろ!」


 剛志が【玄冥の焔げんめいのほむら】を放つ。


「無駄だ」


 『幽世帝』が言う。


「もはや、選択の時は——」


「違います」


 霧の中から、凛の声が響く。


「選択は、もう済んでいます」


 突然、金色の紋様が眩い光を放ち始めた。


「これは!」


 狐堂が驚きの声を上げる。


「八葉流の極意!?」


「いいえ」


 べにさんが首を振る。


「これは、新しい力」


 霧が晴れていく。


 そこには——青い風と金色の光に包まれた凛の姿があった。


「お父さん」


 彼女は静かに言う。


「本当の絆は、相手を変えようとしない」


「なに?」


「人は人のまま、妖魔は妖魔のまま」


 凛は続ける。


「それでも、心は通じ合える」


「馬鹿な」


 『幽世帝』が言う。


「それでは、お前は永遠に——」


「永遠に、どっちつかずです」


 凛が微笑む。


「でも、それこそが私。八葉はちよう千鶴ちづると『幽世帝』の娘で、賢樹家に育てられた、私という存在」


 その言葉と共に、凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が七色の光を放った。


「見えます」


 彼女の声が響く。


「世界の理は、無理に一つにする必要なんてない。むしろ——」


 その時、黒い門が大きく唸り声を上げた。


 ***


 伏見稲荷大社の奥社。


 美奈子の背後から現れたのは、おおとり学院長だった。


「よく来てくれた」


 老人は静かに言う。


「八つ目の札の守護者よ」


 "もう一人の美奈子"が、不敵に笑う。


「まさか、私にそんな役目が——」


 その時、遠くで大きな轟音が響いた。


 八枚目の札が、美奈子の胸の中で鼓動を打ち始める。

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2024年11月22日 11:00 毎日 11:00

退魔学院の最強コンビ! ~蒼き風使いと霊瞳の乙女~ カユウ @kayuu

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