第32話 黒き門、開かれし真実

  結界の外に現れた黒い門。その存在に、『幽世帝かくりょてい』が思わず息を呑む。


「まさか、もう動き出すとは」


「あの門」


 狐堂こどうが眉をひそめる。


「なんだか嫌な感じですねぇ」


「当然だ」


 夜科やしな総帥が答える。


「あれは、幽世かくりよへの門」


 その言葉に、竜二が声を震わせた。


「幽世?妖魔の世界との境界に立つという、伝説の——」


「伝説じゃないわよ」


 べにさんが、珍しく厳しい表情で言う。


「あれは確かに実在する。そして、その門を開く鍵こそが——」


「八つの扉の先にある力」


 蒼宮あおみやかえで、母の言葉に、凛の体が震える。


「お母さんは、八葉千鶴は、それを知っていたんですか?」


「ええ」


 母は静かに頷く。


「でも、それを止めようとした。だから——」


「だから死んだ」


 『幽世帝』の声が、冷たく響く。


「待て」


 剛志つよしが前に出る。


「八葉千鶴は、門を封印しようとして——」


「違う」


 凛の声が、場を制した。彼女の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が、青く輝いている。


「私には見えています。母さんが本当にしようとしていたこと」


 俺は、凛の横顔を見つめた。これまでにない強さが、そこにはあった。


「お母さんは」


 凛が続ける。


「門を、完全に消し去ろうとしていた」


「はっ!」


 『幽世帝』が嘲るように笑う。


「門は消せない。それは世界のことわりそのものだ」


「でも」


 凛は静かに言う。


「理は、人の心で紡がれる」


 その言葉に、『幽世帝』の動きが止まる。


「ほう」


 彼は興味深そうに凛を見つめた。


「では、お前は門をどうする?」


「私は——」


 突然、地面が大きく揺れ始めた。


「まずい!」


 夜科総帥が叫ぶ。


「門が、勝手に開き始めている!」


 黒い門の隙間から、不気味な霧が漏れ出してくる。


「やれやれ」


 狐堂が苦笑する。


「タイミング悪すぎですよ」


「狐堂……先生、夜科総帥」


 俺は叫んだ。


「どうすれば!?」


「簡単よ」


 意外にも、答えたのは紅さんだった。


「三つの流派の力で、門を封じれば良い」


「しかし」


 剛志が言う。


「そんな術式、存在するのか?」


「あるわ」


 母が微笑む。


「だって、千鶴さんが残してくれたから」


 その時、凛が大きく息を吸った。


「見えました」


 彼女の声が響く。


「母さんが残した術式が」


 俺たちの足元で、金色の紋様が浮かび上がり始める。


「これは」


 竜二が驚きの声を上げる。


賢樹さかき流の基本術式!?」


「いいえ」


 紅さんが首を振る。


「これは八葉流」


「違うわ」


 母が言う。


「蒼宮流よ」


「馬鹿な」


 剛志が呟く。


「これは間違いなく賢樹流の——」


「そう」


 凛が静かに微笑む。


「これが母さんの本当の計画」


 三つの紋様が、完全に一つに重なった時——まばゆい光が広がった。


「なるほど」


 『幽世帝』が感心したように言う。


「お前たちの絆そのものを、術式にしたというわけか」


「はい」


 凛が頷く。


「母さんは信じていた。この絆こそが、世界を——」


 その時、黒い門から轟音が響き渡る。


 開いた隙間から、巨大な影が這い出してきた。


「っ!」


 俺は息を呑む。


「あれは!」


 門から現れたのは、『幽世帝』とうり二つの存在。だが、その姿は人の形を完全に失い、純粋な妖魔の姿をしていた。


「見せてやろう」


 『幽世帝』が言う。


「これこそが、世界の真なる姿」


 彼の体が、巨大な影と一体化していく。


「さあ、我が愛しい娘よ」


 轟く声が、空間を震わせる。


「最後の選択をする時だ」


 俺は凛の手を握った。彼女の手が、小さく震えている。


「大丈夫」


 俺は囁く。


「俺たちは、最強コンビだろ?」


 凛の目に、涙が光る。


「うん!」


 その時、金色の紋様が更に強く輝き始めた。


 ***


 伏見稲荷大社の奥社。


 "もう一人の美奈子"が、不思議な笑みを浮かべる。


「さぁ、始まるわ」


 彼女の手の中で、金色の札が七枚に分かれていく。


「八つ目の札は、もうすぐ現れる」


 その時、美奈子の背後で誰かが咳払いをした。


 振り向くと、そこには——。

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