第31話 魔王の試練、最強コンビの覚悟

 巨大な影となって広がる幽世の帝。その圧倒的な存在感に、空間そのものが歪んでいく。


「へえ」


 狐堂こどうが、冷や汗を浮かべながら軽口を叩く。


「こりゃ確かに、災厄級ですね」


「ふむ」


 夜科やしな総帥も、めずらしく緊張した様子。


「これが、八葉はちよう千鶴ちづるが選んだ相手の本性か」


 俺は凛の横に立った。彼女の手が、小刻みに震えている。


「怖い?」


「ううん」


 凛は首を振る。


「ただ、不思議な感じ。私の中の血が、共鳴してるみたい」


 その言葉に、『幽世帝かくりょてい』が低く笑った。


「そうだ。お前の中には、確かに我が血が流れている」


 巨大な影から、九本の尾が伸び出す。


「では、試練を始めよう」


「待て」


 剛志つよしが前に出る。


「凛は、もう私の——」


「たわけ」


 『幽世帝』が剛志を遮る。


「お前如きが、我が血を制御できると?」


 その一言と共に、剛志の体が宙に浮く。


「父上!」


 竜二が叫ぶ。


「剛志さん!」


 母も【蒼嵐そうらん】を放とうとするが——


「無駄だ」


 『幽世帝』の言葉で、術式が霧のように消えていく。


「人の術など、我には」


「でも」


 凛が一歩前に出た。その瞳が、青く輝いている。


「人と妖魔の血を引く私なら、どう?」


 『幽世帝』の動きが、一瞬止まる。


「ほう」


 彼は興味深そうに凛を見つめた。


「その目、千鶴にそっくりだ」


 剛志の体が、静かに地面に降りる。


「よかろう」


 幽世帝が続ける。


「では、最後の試練——お前の中の血を、目覚めさせてやろう」


 九本の尾が、凛に向かって伸びていく。


「させるか!」


 俺は【蒼嵐】を全開放。青い風が、凛を包み込む。


颯馬そうま先輩!」


「心配すんな」


 俺は笑う。


「最強コンビだろ?」


 その言葉に、凛の表情が和らぐ。


「うん!」


 二人で向き合うと、不思議と恐れは消えていた。


「面白い」


 『幽世帝』が声を上げる。


「では、力を見せてもらおうか」


 九本の尾が、一斉に襲いかかってくる。


「行くぞ、凛!」


「はい!」


 俺の【蒼嵐】と凛の【幽明霊瞳ゆうめいれいどう】が、まるで呼応するように輝き出す。


「見える!」


 凛が叫ぶ。


「尾の動き、全部!」


 俺は凛の指示通りに風を操る。青い風の壁が、次々と尾を弾き返していく。


「おや」


 『幽世帝』が感心したように言う。


「なるほど、最強コンビと自称するだけはあるな」


「はい」


 凛が答える。


「私たちは——」


 その時だった。


「凛さん、左です!」


 狐堂の警告が響く。が、既に遅い。


 見えなかった十本目の尾が、凛の胸を貫く。


「っ!」


「凛!」


 俺は叫ぶ。


 しかし、血は流れない。代わりに、凛の体が妖しい光に包まれていく。


「我が血よ、目覚めよ」


 『幽世帝』の声が、空間を震わせる。


「やめろ!」


 剛志が【玄冥の焔げんめいのほむら】を放つ。


「無駄だ」


 黒い炎は、凛を包む光の前で消えていく。


「さあ」


 幽世の帝が続ける。


「お前の本当の姿を見せる時だ」


 その時——


「あら」


 べにさんが、どこか楽しそうに言った。


「千鶴姉さんの封印が、まだ健在みたいね」


「なに?」


 『幽世帝』の声に、初めて焦りが混じる。


 凛を包む光が、金色に変わっていく。


「これは」


 夜科総帥が声を上げる。


「八葉流の——」


「そう」

 紅さんが頷く。


「姉っさんが最後に施した術式。娘を、永遠に守護する印」


 光の中で、凛の体が蒼く輝き始めた。


「お母さん」


 彼女の声が響く。


「ありがとう」


 凛の【幽明霊瞳】が、これまでにない光を放つ。


「見えました」


 彼女が静かに告げる。


「世界の理が、どう紡がれているのか」


「ほう」


 『幽世帝』の声が、どこか誇らしげに響く。


「その目で、何を見る?」


 凛の周りで、金色の光が渦を巻く。


「この世界は、確かに歪んでいる」


 その言葉に、幽世の帝の影が揺らめく。


「だけど」


 凛は続ける。


「その歪みこそが、この世界の——」


 その時、突然の轟音が響き渡った。


「なんだ!?」


 振り向いた先で、俺は息を呑む。


 結界の外で、巨大な黒い門が開かれようとしていた。


 ***


 伏見稲荷大社の奥社。


 美奈子の前に現れた"もう一人の自分"が、不敵に笑う。


「見えるでしょう?」


 彼女が言う。


「あの門が開かれようとしているのが」


 美奈子は震える声で尋ねた。


「あれは、一体——」


「簡単よ」


 "もう一人の美奈子"が答える。


「これが、八葉千鶴の本当の計画」


 その時、美奈子の持つ札が、金色に輝き始めた。

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