第49話 可能性の狭間で

『在り得なかった可能性たち』の正体が、俺たちの目の前で姿を現す。それは人でも妖魔でもない、まさに理の果てから零れ落ちた存在だった。


「あり得なかったって……それって」


 沙織の<記録の書>が激しくページをめくる。


『理の根源により否定された、別の世界線の住人たち』


「そう、私たちは『なかったこと』にされた存在」


 歪な姿の一つが言う。その声は、まるで無数の声が重なり合ったように聞こえた。


「ちょっと待って」


 美奈子が八つ目の札を掲げる。


「だったら、お母様が探していたものって」


「そう」


 もう一つの存在が答える。


「八葉千鶴は気付いていた。この世界の『理』には、重大な欠陥があることに」


「欠陥?」


 凛の声が震える。


「人と妖魔の調和なんて、所詮は表面的なもの」


 異形の群れが、ゆっくりと近づいてくる。


「本当の調和とは、全ての可能性を受け入れること。在り得た世界も、在り得なかった世界も、全てを!」


 その時、竜二が思いがけない一言を放つ。


「なんだよ、要するにヤケクソじゃねえか」


「なっ……何だと?」


「だってさ」


 竜二は挑発的に笑う。


「選ばれなかった可能性にグチグチ言われても、所詮負け惜しみでしょ?」


「竜二くん、それは……」


 凛が心配そうに言いかけたその時。


「プッ」


 沙織が吹き出す。


「あっはは! ごめん、でも竜二の言う通りかも。なんかすっごい子供みたいよね」


「ちょっと、笑い事じゃ――」


 狐堂先生の制止の声も、美奈子の笑い声にかき消される。


「確かに! わたくし、なんだか肩の力抜けちゃいました」


 異形の存在たちが動揺を見せる。


「な、何を笑っている! 私たちは否定された存在なのだぞ!」


「いいえ」


 <理道>が前に出る。


「あなたたちは、否定されたのではない。ただ、選ばれなかっただけです」


「選ばれなかっただと!?」


「世界の理とは、無限の可能性の中から、最適な道筋を選び取ることです」


 俺は、ふと気づく。


(そうか、だからこそ母さんは……)


「理を受け入れつつ、新しい可能性を切り開く。それこそが、僕たちがやってきたことじゃないのか?」


 蒼宮楓が静かに頷く。


「その通りよ。あなたたち『在り得なかった可能性』も、否定すべき存在ではない。ただ、この世界とは異なる形で在るべき存在なの」


「じゃあ、お母さんは……」


 凛の<幽明霊瞳>が金色の光を放つ。


「理の果ての先に、新しい可能性の世界を作ろうとしていた?」


「かもな」


 竜二が腕を組む。


「だからって、こっちの世界をメチャクチャにしていいわけじゃないだろ?」


「そうね」


 美奈子の八つ目の札が、七色の光を放ち始める。


「新しい可能性は、破壊からではなく、創造から生まれるもの」


 その瞬間、氷の迷宮全体が虹色に輝き始めた。


「な、何が起きている!?」


 異形の存在たちが動揺を見せる中、沙織の<記録の書>が大きく開かれる。


『時は来たれり。第一の鍵、その資格を示せ』


 七つの門が一斉に共鳴を始める。


「みんな!」


 俺の【蒼嵐】が青い光を放つ。


 凛の<幽明霊瞳>が金色に。

 沙織の<記録の書>が白く。

 美奈子の八つ目の札が七色に。

 竜二の体から赤い炎が。

 狐堂先生の手から緑の光が。

 母の周りを紫の霧が。

 そして<理道>の体が銀色に輝く。


 八つの光が交差したその時、異形の存在たちが悲鳴を上げる。


「待て! これは……まさか!」


 光に包まれる中、八葉千鶴の最後の言葉が、かすかに響いてきた。


『理の果ての先にあるもの。それは、全ての可能性が調和する世界』


「お母さんの本当の想いが……!」


 凛の声が響く中、第一の鍵が姿を現す。それは、小さな氷の結晶。その中に、無限の可能性が映し出されているかのようだった。


 だが、その時。


「はっはっは!」


 突如、異様な笑い声が響き渡る。氷の迷宮の最奥から、巨大な影が這い出してくる。


「よくぞここまで来てくれました」


 その声は、俺たちの誰もが知っている声。まさか、あの人が……?

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