第48話 氷の迷宮、心の迷宮

 紫色に輝く八葉千鶴の姿に、全員が言葉を失う。


「お母さん……どうして」


 凛の声が震える。その時、千鶴の体から紫色の光が波動となって放たれた。


「凛、避けて!」


 俺は咄嗟に【蒼嵐】を展開。紫の波動が青い風に阻まれる。


「ふふ、相変わらず優秀ね、蒼宮君」


 千鶴の声が響く。しかし、その声音は人とは思えない響きを帯びていた。


「なぜだ! なぜ混沌の探求者に!」


 狐堂先生が叫ぶ。


「理の果ての先にあるもの……それは、この世界の真実よ」


 千鶴の周りで、黒いローブの集団が渦を巻く。


「そして、その真実に至るには、八つの鍵が必要なの」


「待って!」


 凛が前に出る。


「お母さん、私には分かります。あなたの中に、まだ人の心が……」


 その瞬間、千鶴の動きが一瞬止まった。だが、すぐに紫色の光が強まる。


「申し訳ないわ、凛。でも、これは必要な犠牲なの」


 千鶴が腕を上げると、氷の迷宮が紫色に染まり始めた。


「さあ、始めましょう。最初の鍵を巡る戦いを」


「くっ、やる気か」


 竜二が身構える。その時、美奈子の八つ目の札が強く輝いた。


「みんな、こっち!」


 彼女の声に従って走り出す。氷の迷宮の中、七つの門のうちの一つに向かって。


「なるほど、作戦があるのね?」


 沙織が<記録の書>を開きながら走る。


「はい! 八つ目の札が教えてくれたんです。七つの門、それぞれに私たちの『資格』が必要」


 追っ手の気配を感じながら、俺たちは氷の壁の間を駆け抜ける。


「ここ!」


 美奈子が立ち止まったのは、青い光を放つ門の前だった。


「颯馬先輩の【蒼嵐】に呼応してる!」


 確かに、門が俺の力に反応している。


「見て、文字が!」


 凛の声に、全員が門を見上げる。氷の表面に文字が浮かび上がっていく。


『風よ、心よ、その力もて混沌を払え』


「これは……」


 その時、背後から千鶴の声が響く。


「甘いわ。その門、開けられると思って?」


 振り返ると、千鶴と探求者たちが迫っていた。


「母さん!」


 突如、蒼宮楓が前に出る。


「あなたと私、同じ1級退魔師として、一度は互いを認め合った仲でしょう?」


「楓さん……」


 千鶴の表情が一瞬、揺らぐ。


「でも、もう遅いの。私はもう、人として在ることを――」


「違う!」


 凛が叫ぶ。彼女の<幽明霊瞳>が強く輝く。


「見えます。お母さんの中に、まだ人の心が残っている。そして……」


 その時、凛の瞳に映るものが、俺にも見えた。千鶴の体の中で、二つの光が争っている。紫色の混沌の力と、かすかな金色の光。


「理の果ての先にあるもの」


 <理道>が静かに言う。


「それは、あなたが追い求めていた本当の答えなのですか?」


 千鶴の体が震える。


「私は……私は……!」


 その瞬間、氷の迷宮全体が大きく揺れ始めた。


「危ない!」


 頭上から氷柱が降ってくる。俺は反射的に【蒼嵐】を放つ。


 青い風が渦を巻き、氷柱を弾き飛ばす。と同時に、その風が千鶴の体を包み込んだ。


「あっ……」


 千鶴の目から、紫色の光が消えかかる。


「そうか……私は……間違って……」


 その言葉が途切れた瞬間、千鶴の体が光の粒子となって空へと消えていった。


「お母さん!」


 凛の叫び声が、氷の迷宮に響き渡る。


 残された黒いローブの集団が、一斉に動き出す。


「ふふふ……」


 不気味な笑い声が響く。


「八葉千鶴など、単なる器に過ぎなかったのです」


 ローブの中から、得体の知れない存在が姿を現す。


「我々の本当の姿を、お見せしましょう」


 黒いローブが溶け出し、異形の姿へと変貌を遂げていく。


「まさか、アンタたちって」


 狐堂先生の表情が凍りつく。


「理の果ての世界から追放された、『在り得なかった可能性たち』!」

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