第47話 氷雪の試練

 北海道行きの特急列車の中で、俺は窓の外を眺めていた。紫色がかった空の下、景色が次々と流れていく。


「ねぇ、そういえば」


 凛が隣の席から声をかけてきた。


「理の果ての守護者さんって、本当に人間の姿になれるんですね」


 前の座席で、黒髪の青年が振り返る。理の果ての守護者は、<玄武>の力を借りて一時的に人の姿を取れるようになったという。名前は<理道>と名乗っていた。


「この姿は一時的なものです。しかし、あなたたちと行動を共にするには必要でした」


 その声は、相変わらず不思議な響きを持っている。


「でもさぁ」


 沙織が<記録の書>から顔を上げる。


「どうして今までそうしなかったの?」


「それは……」


 <理道>は言葉を選ぶように間を置く。


「理の果ての存在が、直接的に現世に干渉することは禁じられていたからです。しかし、<環境圏>の確立により、その規則自体が変容を始めた」


「へぇ、そういうことだったの」


 美奈子が八つ目の札を掲げる。


「確かに、この札の力も変わってきてます。前より、ずっと……生きてる感じ?」


「ちっ、面倒くさい話だな」


 竜二が苦い顔をする。


「要は、世界の仕組みが変わったってことだろ?」


「簡単に言えばね」


 蒼宮楓が微笑む。


「でも、その変化が何をもたらすのか、誰にも分からない。だからこそ、私たちがここにいる」


 狐堂先生が頷く。


「そして、八葉千鶴さんは、その先を見ていた可能性がある」


 話が出た途端、車内の空気が引き締まる。


「お母さんは……」


 凛の声が震える。俺は思わず彼女の手を握っていた。


「きっと、真相は分かる」


 その時、突然列車が大きく揺れた。


「なっ!」


 窓の外を見ると、突如吹雪が激しくなっている。だが、様子がおかしい。


「これは……」


 <理道>が立ち上がる。


「<氷雪の社>の結界に近づいています」


「こんなに早く!?」


 狐堂先生が驚きの声を上げる。


「列車は、知らぬ間に別の軌道に入っていたようです」


 沙織の<記録の書>が、激しくページをめくり始める。


『冬の守護神、その聖域に足を踏み入れし者に試練を与えん』


 その瞬間、車窓の外が真っ白に染まった。


「みんな、気を付けて!」


 母の声が響く中、世界が光に包まれる。


 目を開けると、そこは一面の銀世界だった。


「うわっ、寒っ!」


 沙織が身を縮める。確かに、突然の極寒に身が震える。


「あれを見て」


 凛が指さす先に、古びた朱色の鳥居が見えた。その向こうには、白銀の社が佇んでいる。


【霊視術】を使うと、社の周りに強力な結界が張られているのが分かる。


「凛、何か見える?」


「はい……社の中に、何か強い力が」


 その時、美奈子の八つ目の札が明滅を始めた。


「<玄武>様の気配……近づいています!」


 轟音とともに、巨大な神獣が姿を現す。しかし、その様子が普段と違う。


「氷でできている……?」


 確かに、<玄武>の姿は透き通った氷で形作られているようだった。


「これは依り代」


 <理道>が説明する。


「真の<玄武>は、この社の奥で私たちを待っている」


「つまり、試練ってことね」


 楓が身構える。その時、氷の<玄武>が口を開いた。


「来たれ、理の継承者たちよ」


 声が響き渡る。


「第一の鍵は、この社の奥にあり。されど、そこに至るには、汝らの『資格』を証明せねばならぬ」


「覚悟はできてます」


 俺は前に進み出る。仲間たちも、それぞれの決意を胸に並ぶ。


「ならば……」


 氷の巨獣が動き出す。


「氷雪の試練を始めよう」


 突然、大地が揺れ動き、無数の氷柱が地面から突き出してきた。


「ちょっと、これマジ?」


 竜二が驚きの声を上げる。氷柱は迷路のように複雑に配置され、その先には七つの門が見える。


「七つの門、それぞれに試練が用意されている」


 <理道>が説明する。


「各々が『資格』を証明し、最後に……」


 その時、空から紫色の光が差し込んできた。


「まさか!」


 <混沌の探求者>たちが、黒いローブを翻して現れる。


「第一の鍵は、我らが頂く」


 その声は、どこか聞き覚えのあるものだった。


 リーダーらしき人物がローブを脱ぐ。現れたのは……。


「八葉千鶴様!?」


 狐堂先生の声が震える。


 確かにそこには、凛の母の姿があった。だが、その目は異様な紫色に輝いていた。


「お母……さん?」


 凛の声が震える。しかし、その姿は既に人ではなかった。


 紫色の空から降り注ぐ光が、八葉千鶴の体を包み込み、徐々に異形の姿へと変えていく。


「私は……これが正しいと信じている」


 かつての退魔師の声が、闇に溶けていく。


「理の果ての先に、本当の世界が待っているのよ」

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