第50話 最後の扉の前で

 氷の迷宮の奥から現れたのは、予想もしない人物だった。


「賢樹家当主!?」


 狐堂先生の声が震える。


「父上……どうして」


 凛の声に、賢樹剛志が不敵な笑みを浮かべる。


「なぜだと? 私こそが、本当の<混沌の探求者>の指導者だからだ」


 その姿は人の形を保ちながらも、どこか異質な存在に変貌していた。


「待って、なんでアンタが」


 竜二が困惑した声を上げる。


「ふん、お前には分からんだろうな」


 剛志の体が紫色の光を帯び始める。


「賢樹家は代々、理の果ての先にある真実を追い求めてきた。そして、私がついにその扉を開く」


「でも、それって」


 美奈子が八つ目の札を掲げる。


「お母様の目指したものとは違うはず!」


「八葉千鶴か」


 剛志の声が冷たく響く。


「あの女は、単なる実験台だったのだ。彼女の研究は確かに画期的だった。だが、彼女には決定的に欠けているものがあった」


「欠けているもの?」


「そう」


 剛志の周りに、紫色の霧が渦巻き始める。


「絶対的な力への執着だ!」


 その瞬間、巨大な衝撃波が放たれる。


「くっ!」


 俺は咄嗟に【蒼嵐】を展開。仲間たちを守る。


「なるほど、噂通りの実力だな、蒼宮颯馬」


 剛志の姿が徐々に変容していく。


「だが、私には理の果ての先まで見通す力がある。この氷の結晶など、私が用意した餌に過ぎん!」


「待って」


 沙織が<記録の書>を開く。


「じゃあ、これまでの全ては……」


「そう、全て私の筋書き通り」


 剛志が高らかに笑う。


「在り得なかった可能性どもも、私の手駒さ。彼らの怨念を利用して、理の果ての封印を解くための力として!」


「なんてことを……」


 母の声が震える。


「理の果ての封印を解けば、全ての世界が混沌に飲み込まれる。それでも……」


「構わんさ」


 剛志の体が、更に異形へと変貌していく。


「新しい世界の神となれば、それくらいの犠牲など取るに足らん!」


「えー、超ダサくない?」


 突然の竜二の言葉に、場の空気が凍る。


「な、何だと!?」


「だって」


 竜二が肩をすくめる。


「『世界の神になりたーい』とか、厨二病の極みじゃん」


「プッ」


 思わず沙織が吹き出す。


「ちょ、竜二くん!」


 凛が慌てた様子で制止しようとするが。


「いや、でも」


 美奈子も笑いを堪えきれない様子。


「わたくしも、なんだか急に怖くなくなっちゃいました」


「貴様ら!」


 剛志の怒声が響く。


「愚かな! この私の力が分からぬのか!」


 その瞬間、巨大な力の波動が放たれる。


「みんな、気を付けて!」


 狐堂先生の警告の声。だが、その時。


「颯馬くん!」


 凛の声に振り返ると、彼女の<幽明霊瞳>が金色に輝いていた。


「見えます。父上の中に、まだ人の心が」


「そうか!」


 俺は理解した。八葉千鶴と同じように、剛志もまた力に飲み込まれているだけなのかもしれない。


「なるほど」


 <理道>が前に出る。


「理の果ての力を求めすぎるあまり、逆に混沌に飲み込まれてしまったか」


「黙れ!」


 剛志の体から、紫色の触手が伸びる。


「私は、もはや人などではない! この力こそが……」


 その時、氷の結晶が突如、眩い光を放った。


「なっ!」


 光の中から、一つの声が響く。


『来たれ、第五の扉の前に』


 その声は、俺たちの誰もが知っている声。


「これは……理の根源!?」


 狐堂先生が驚きの声を上げる。


 だが、その声は続く。


『いや、私はもはや理の根源ですらない。私は……』


 光の中から、一つの姿が浮かび上がる。それは……。


「お母さん!?」

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