腹ペコギャルと大盛り弁当

「ん〜、うんま〜! やっぱり、おにぎりには焼き鮭だよね! あっ、でも肉巻きおにぎりも捨てがたい……。てか、どっちも選べとか無理じゃね!?」


 目の前でおにぎりを頬張る雫を眺めて、俺は小さく笑みを溢す。

 久しぶりに食べる姿を目の当たりにするが、やっぱり笑顔で滅茶苦茶美味そうに——実際、ちゃんと美味いと言って——食ってくれるから見ていて気持ちがよく、それとなんだか微笑ましくなる。


(これは朝四時に早起きして作った甲斐があったな)


 このことは、雫には絶対に言わないけど。

 昆布の入ったおにぎりを噛み締めながらそんなことを本心から思っていれば、雫が気恥ずかしそうに俺を見つめてくる。


「……すおーくん」


「ん、どうした?」


「さっきからこっち見過ぎ。そんなまじまじと見られるとガチ恥ずいんだけど」


「あ……悪い」


 すぐに謝れば、「もう……」と肩を竦める雫。


「まあ、もう毎度のことだからいいけどさ」


 言って、卵焼きをひょいと口に運び、またころりと幸せそうに目を細める。

 かと思えば、再びおにぎりを口いっぱいに頬張り、もぐもぐと咀嚼しながら、ん〜! と喉を唸らせる。


 さっきからずっとこの調子だ。

 おにぎりを食って、おかずに箸を伸ばして、またおにぎりを食っての無限ループ——おかげでおにぎりを詰めた箱二つのうち片方は空になり、大量に用意したおかずも既に半分以上が消えていた。


 本当に作り手冥利に尽きる食べっぷりだ。


「ところでさ」


 雫が不思議そうに小首を傾げる。


「前々から思ってたんだけど……すおーくんって、どうしてこんなに料理を作れるようになったの?」


「どうした急に」


「だってさ、毎回自分でお弁当用意してるし、家でも皆んなのご飯作ってるみたいじゃん。バイトで上手くなったってわけでもなさそうだし、なんか理由でもあるのかなーって」


 ……まあ、隠す理由もないか。


「そんな深い理由はねえよ。単純に両親が仕事の都合で家を空けるようになったから、俺が作るようになっただけだ。その頃、姉貴は部活やら高校受験で忙しかったし、俺は遊ぶ友達いなくて暇を持て余してたしな」


 答えれば、雫は目を丸くする。


「すご。ちょっと前からうちも似たような感じだけど、自炊とかあんまやってないよ。てか、すおーくんの自虐ちょっとウケる」


 うるせ。


「……でも、弁当持ってきてなかったか? あの見るからに足りなさそうな小さいやつ」


「あー、あれね。あれは殆ど市販のやつ。買ったのをいい感じに詰めてそれっぽく見せただけ。ちゃんと自分で作ったのは卵焼きくらいだよ」


「十分すげえじゃん」


 卵焼きを作るだけでもちゃんと頑張っていると思う。


 俺はもう慣れたけど、自分で弁当を用意するのはそれなりに重労働だ。

 朝早く起きなきゃいけないし、作業量もそれなりにある。

 前日におかずを作る手もあるが、それでも朝の準備は避けられない。


「そもそも何も手作りだけが正義ってわけでもないだろ。レトルトとか冷凍食品で済むならそれに越したことはないと思うけど」


「……それ、全部自分で作ってるすおーくんが言う?」


「俺はいいんだよ。半分趣味みたいなもんだし。飯を作ること自体は普通に好きだからな。それに——」


 はむ、と新たに手に取った肉巻きおにぎりを口に運ぶ雫を見据える。


「前にも言ったかもだけど、好きなんだよ。作った飯を美味そうに食ってくれるところを見るの。特に雫みたいに笑って美味いって言ってくれるようなやつを見るのはな」


「へ……?」


 微かな声を漏らして雫が固まった。

 虚をつかれたみたいに、ぽかんとした表情で俺を見つめる。


「——すおーくん。それさ……口説いてる?」


「……口説いてねえよ。ただそういうやつが好ましいってだけの話だ」


 恋愛感情とは完全に別物だ。


「それにお前を口説くつもりは微塵もねえし、それ以上に口説けるとも思ってねえよ」


 付け加えた直後だった。

 雫がドン引きしたような眼差しを俺に向けてくる。

 それから盛大なため息を溢して言う。


「すおーくん、キミ……社交性のない人間で良かったね。じゃなきゃ、今頃きっとどこかで刺されてたよ。ホント色んな意味で」


「なんで唐突にディスった?」


「さあ、自分で考えろし」


 拗ねた子供のようにぶっきらぼうに答えて、雫は肉巻きおにぎりに齧り付いた。


 ……なんなんだ、一体。


 どことなく気まずい空気が流れる。

 居た堪れなくて俺も無造作におにぎりを一つ手に取り、口に運ぶ。

 

 ——さっきの言い方は、ちょっと失礼だったな。


 雫が不機嫌になる直前の発言を省みて、申し訳なく思う。

 おにぎりを全て胃の中に収めてから、俺は雫に向き合う。


「……まあ、なんだ。さっき口説くつもりはねえって言ったのは、決して雫に魅力が無いからじゃないからな」


 寧ろ、魅力はありまくりなくらいだ。


「それだけは勘違いしないでほしい」


 言えば、雫は呆気に取られたように目を瞬かせて、そしてまたげんなりとため息をついた。


「だから、そういうところが……まあ、いいや」


 すおーくんの友達、アタシだけだし。

 困ったように微笑んで、残ったおにぎりに手を伸ばす雫だった。

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