腹ペコギャルと新メンバーを連れてワンモア

 周囲から突き刺さる視線と込み上げる羞恥に耐えながら脱力し、身体を水中に浮かばせる。


「うんうん、この調子だよ。頑張れ〜、頑張れ〜」


 雫に手を繋がれて浮かぶ練習を始めて数分。

 さっきから雫の声の掛け方が完全に小さな子供に向けるそれだ。


 おかげで余計に衆目が集まってしまっているわけだが、雫は微塵も気にする素振りを見せない。

 それどころか逆に見せつけているような——いや、流石にそれは俺の気にし過ぎか。


「……なあ、いつまでこれ続けんの?」


 とはいえ、いつになったらこの練習が終わるのかくらいは知っておきたい。

 訊ねれば、雫は小首を傾げる。


「んー、もうちょっと?」


「なんで疑問系なんだよ。自分で言うことじゃないんだろうけど、我ながら結構浮かべるようになったと思うんだけど」


「じゃあ、手離すねー」


「すみません、もうちょっと待ってください」


 今、急に手を離されたら溺れる自信がある。

 仮にガチにやるにしても少なくとも心の準備だけはさせてほしい。


「アハハ、冗談だって。それにいざとなったらアタシが助けてあげるから」


「……どうやって?」


「そりゃ、もちろん……」


 言いかけるも、ぴたりと雫の動きが止まった。


(ん、どうした……?)


 変なことを訊いたつもりはないのだが、どうしてか雫は顔を赤くして言葉を詰まらせている。

 不審に思い、雫をじっと見つめれば、


「もう、言わせんなし! ……すおーくんのえっち」


 ぷい、と外方を向かれてしまった。


「ええ……」


 状況についていけず、思わず声を漏らしてしまう。

 けれども、練習が終わるまでの間、雫が俺の両手を掴んだまま離すことはなかった。






「あ、おかえり。早かったじゃん」


 一頻り泳いで(?)から三浦と笹本の所に戻れば、鈴木がぐったりと横たわっていた。


 三浦に膝枕をしてもらっていて、頭にはスポドリが入ったペットボトルを乗っけている。

 それになんだか顔も火照っているように見える。


「ねえ、梨乃亜はなんで横になってんの?」


 鈴木に怪訝な眼差しを向けて雫が訊ねれば、やれやれと三浦は肩を竦めた。


「温泉に浸かり過ぎてのぼせたんだって」


「アホじゃん。ウケる」


「ぬぐう、笑うな〜……」


 今にも死にそうな声で言い返す鈴木に笹本が苦笑を浮かべる。


「いやいやー、それは無理があるっしょー。だってプールに泳ぎに来てのぼせるって笑う他ないじゃん」


「……まあ、それは……そうなんだけど」


 前から薄々思っていたが、鈴木ってかなりマイペースな上に極端な行動取りがちだよな。

 じゃなきゃ、いくらレジャー施設とはいえ、プールに来て一番最初に向かう場所が温泉にはならねえだろ。


 そんなこと考えていると、三浦が俺に半眼を向けて訊ねてきた。

 なんでそんな目をしているかは簡単に想像がつく。


「ところで……なんで蘇芳は蘇芳でそんなにくたびれてるの?」


「……出来れば触れないでくれると助かる」


 水に浮かぶ練習でごっそり気力を持っていかれたとは、間違っても自分の口からは言いたくない。

 普通に恥以外の何者でもないだろ。


 なんとなく俺の心境を察してくれたのか三浦は、


「……あー、うん。何がなんだか分からないけど、とにかくお疲れ」


 訝しみながらも深く追求しないでくれた。

 けれど、ちらりと視線を満足げな笑みを浮かべている雫に走らせていたので、おおよその見当はついていそうではあった。


「——それはそうと。戻ってきてくれたところ早々で悪いんだけどさ、今度は夏希を連れてもうしばらく遊んでてくれない? そろそろ施設の中回りたくてうずうずしちゃってるから。雫と蘇芳が見てれば変なことにはならないだろうし」


 言われて笹本を一瞥すれば、確かに早くここから動きたいオーラが滲み出ていた。


「まあ、それは別に構わないけど……三浦はいいのかよ。荷物番なら俺と櫛名で変わるぞ。先に自由行動させてもらったし」


「うんうん。アタシとすおーくんで梨乃亜の面倒も見るし」


 しかし、三浦は小さく頭を振る。


「いいよ。ウチはもうちょっと後からでも。それに——」


「梨乃亜は沙羽の膝枕をご所望なのじゃよ。この太ももが至高なものでな」


「……こういうこと。あと梨乃亜、その発言は普通にキモい。プールの中に投げ飛ばすよ」


「沙羽っち、一旦落ち着いて話し合おう。いきなり武力行使に出るのは良くない」


 鈴木が僅かに焦りを募らせれば、三浦は小さく嘆息を溢した。


「なら、変な発言は控えなよ」


「……なんというか、お疲れ」


 虫さえ絡まなきゃ一番常識人寄りというか面倒見がいいんだよな。

 逆に虫関連のことになると一気にポンコツ化するけど。


 まあ何にせよ、断る理由もないし笹本を連れてどこかに行くとするか。


————————————

今更ですが、コメントレビュー一件いただいてました。

本当にありがとうございます!


それと日本総大将に脳を焼かれた民。

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実はいっぱい食べる腹ペコギャルが二股されてたから、胃袋を掴んでクズ彼氏から略奪することにした 蒼唯まる @Maruao

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