詮索する姉妹たち

「ただいま」


 夜、バイトを終えて帰宅すれば、ソファで横になってくつろいでいた姉の海緒みおが俺を出迎えた。


「お〜……岳、おかえり。腹減った、飯作って」


「……ったく、開口一番それかよ。自分で作れよ。バイトある日は、姉貴の方が帰り早いんだし」


「だって岳が作った飯の方が断然美味いし。それに昨日の夕飯は優雅に外食してたあんたの代わりに私が作ったんだから、今日は岳が作んのが妥当でしょ」


「なんだよその理論……」


 とはいえ、ここで作る作らないで口論になるのも面倒だ。

 げんなりとため息を溢しつつも、すぐにバッグとスマホをテーブルの上に投げ置いてキッチンに向かう。


 冷蔵庫の中を確認して、食材を適当に見繕う。


「面倒だしパスタと簡単なスープにするぞ」


 一方的に言って、俺は早速下処理に取り掛かる。

 程なくして、玄関を開ける音と足音で俺に気付いたのか、妹の苺花いちかがリビングにぱたぱたと顔を出してきた。


「あっ! 岳にい、おかえり!」


「ただいま。悪いな、夕飯遅くなって。すぐに作るから待ってろよ」


 作業しながら言えば、


「うん、分かった!」


 苺花は、ぱあっと笑顔を咲かせてみせた。


 ——全く、どうして姉妹でこうも性格が違うんだか。

 

 得てして弟は姉に尻に敷かれるものとはよく言うが、我が家もその例に漏れない。

 今みたいに何かとつけて姉貴には色々と振り回されるし。

 だからこそ、苺花の純真さがより心に沁みる。


 姉貴には少しでもいいから苺花の優しさを見習って欲しいものだ。

 などと心の中で嘆いていた時だった。


「ねえ、岳にい。メッセージ届いてるよ」


 苺花がテーブルの上にある俺のスマホを不思議そうに見つめながら言った。


「岳にいのお友達かな?」


「どうせバイト先からだろ。後で返事する」


「でも、お昼はお弁当ありがとねーって書いてるよ」


 瞬間、ソファに寝転がっていた姉貴が跳ね起きた。

 物凄い勢いで俺のスマホを手に取って、画面を凝視する。


「岳に友達……!? しかも、雫って……まさかの女子!?」


 姉貴は驚愕の表情を浮かべると、すぐさま俺に詰め寄ってくる。


「岳、一体どういうこと!?」


「料理の気が散る。後にしてくれ」


「いいや、今聞く! この雫ちゃんって子とはどういう関係なの!?」


 勝手にスマホ開くなよ。

 パスコードは教えてあるとはいえ、この横暴っぷりが通用するのは俺だけだぞ。


 思いつつ、仕方なく答える。


「……別に。ただのクラスメイトだけど」


「そんなわけないでしょ。小中通してロクに友達いなかったあんたが、よりにもよって女の子とLINE交換してるってよっぽどのことじゃん」


 それは自分でもそう思う。

 実際、そのよっぽどの出来事があったからこそ連絡先交換したわけだし。


 ——そのことを言うつもりは殊更ないけど。


 なんて内心呟いたのも束の間、間髪置かずに姉貴の質問攻めが始まる。


「ねえねえ、雫ちゃんってどんな子なの?」


「さあな。あんま接点ねえから詳しくは知らねえぞ」


「またまた、しらばっくれちゃって。だとしても何かしらはあるでしょ。ほら、明るい子ーとか、物静かな感じーとか、そういうの」


「……ギャルでかなりの大食い。多分俺よりキャパある」


「うわ、すっご。あんたより食べるってよっぽどじゃん……!」


 俺の食える量を知っているからこそ絶句する姉貴。

 苺花も隣で感嘆の声をあげ、目を輝かせている。


「……って、ちょっと待って。もしかして、あんたが昨日外で食ってきたのって、雫ちゃんとデートしてたから?」


「デートじゃねえし」


「ふうん。つまり、雫ちゃんと食事したのは本当だと。なるほどなるほど」


 ……墓穴った。


 弁明しようにも見事に図星を突かれて、上手く言葉が出てこない。

 すると、姉貴は恐る恐るといった感じに重ねて訊いてくる。


「まさかのまさかだけど……もう付き合ってるの?」


「なわけないだろ。第一、そいつ今はまだ彼氏持ちだし」


「今は、まだ……?」


 ——あ、ヤバい。


 今度こそ完全に失言だった。

 口を滑らせてしまったことを後悔するも後の祭り。

 姉貴はにまにまと目を細めて俺を見つめてくる。


「ふ〜ん。てことは……雫ちゃんのこと狙ってるんだ。いやー、岳も悪い男だね〜。まさかもまさか、略奪愛を目論んでるなんて。このこと知ったら父さんと母さん悲しむよ〜」


「なんでそうなんだよ。狙ってねえし。つーか、略奪愛言うな」


 縁を切ることには手を貸してるけど。

 だとしても、姉貴が想像しているような展開にはならないだろう。


「本当に〜?」


「疑うなっつーの。というか、なんで弟を悪者にしようとしてんだよ」


「だって、そりゃ……女っ気皆無だったあんたが女子と関わること自体ちょっと異常事態だから」


「おい」


 にやついて言ってる辺り、本気でそう思ってはないだろうけど。

 とはいえ、だ。

 俺を揶揄うのもこの辺にしとかないと、そろそろあれが来るぞ。


「——みぃねえ。岳にいって悪い人なの?」


「え゛?」


 姉貴の表情がぴしりと固まる。


「い、苺花……?」


「だって、略奪愛って、お父さんからお母さんを盗っちゃうようなものでしょ? 岳にい、そんないけないことしようしてるの?」


 苺花から今にも泣き出しそうな不安げな眼差しを向けられると、姉貴は途端に言葉に詰まりだす。


「え、ええと、それは……その〜」


 得てして姉は弟に対しては強いものだ。

 ——が、その反動か知らんが、姉貴は苺花には滅茶苦茶弱い。


 ひねた性格の俺と違って苺花は純真無垢だからな。

 加えて歳が十個近くも離れてることも相待って、苺花に対しては、俺を弄る際の毒気がすっかり抜かれてしまうのだろう。


 おかげで俺ら三兄妹のヒエラルキーの頂点には苺花が立っていた。


 小五に対して全く頭の上がらない大学生、か。

 傍から眺める分には面白い構図だが、放置しても良いことは一つもないので、さっさと助け舟を出すことにする。


「大丈夫、姉貴は俺を揶揄って遊んでるだけだ。苺花が心配してるようなことにはなってねえよ。だろ、姉貴?」


「はい、岳の仰る通りです……」


「本当? よかったあ……! みぃねえ、岳にいにあんまり意地悪しちゃダメだよ」


 苺花が腰に手を当てて注意すれば、


「……分かりました」


 姉貴はしゅんとなりながら頭を下げた。


 とりあえず苺花がお灸を据えてくれたことだし、俺から姉貴に言うことはない。

 なので、これで話を切り上げ、調理を再開することにした。

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