腹ペコギャルと連絡先交換

 昼休みが終わる頃には、作戦会議はある程度の目処がついた。


「色々と助かったよ。すおーくん、マジサンキューな」


「乗り掛かった船だ。気にすんな」


 各々の都合や諸々の状況を鑑みた結果、日曜の午後、昨日行った繁華街にあるカフェで別れ話を決行することになった。

 そこでなら学校の人間に目撃されにくいだろうし、もし仮に揉めたとしても人目がある以上、それほど大事にならずに済むはずだ。


「……でもさ、ホントにいいの?」


「なにが?」


 櫛名がおずおずと訊いてくる。


「当日、すおーくんにも来てもらうこと」


「問題ない。日曜はバイト休みだからな」


 勿論、一緒に話し合いに参加するというわけではない。

 俺は陰からこっそり二人の様子を見守るだけだ。

 これなら二人の間で何かあったとしても、すぐに割って入ることができる。


 ——まあでも、実際にそうならないことを願いたいものだけど。


 あくまでもこれは二人の問題。

 第三者に過ぎない俺が直接首を突っ込むような展開は避けたいものだ。


「だとしても、どうしても気にしちゃうよ。折角の休みにアタシの面倒ごとに巻き込むことになっちゃうんだから」


「俺がそうしたいと思ってやってるだけだ。別に櫛名が気に病むようなことじゃねえよ」


「でも……」


 申し訳なさそうに目を伏せる櫛名。

 そんな彼女の額に、俺は軽くデコピンを食らわせた。


「っ痛ぁ!? ちょっと何すんのさー!」


「いつまでもくよくよしてるからだ。俺のことは勝手に付いてきてるおまけくらいに思えばいいんだよ」


「むぅ……!」


 顔を赤くして抗議する櫛名にそう言い返せば、櫛名は何か言いたげに睨みつけながらもようやく引き下がる。

 それから何かを思い出したのか、「あっ」と一言発して俺を見た。


「そうだ、すおーくん。スマホ出して」


「いいけど、なんで?」


「LINEの友達登録するから。いつまでも連絡手段ないと色々と困るでしょ」


「確かにな」


 納得し、ポケットからスマホを取り出す。


 今になって連絡先を交換するとか今更じゃねえか感はあるが、昨日はそれどころじゃなかったしな。

 思いつつ、櫛名にQRコードを表示させた画面を見せれば、櫛名はすぐさま自身のスマホに読み込ませた。


「よし、登録完了〜! 試しにスタンプ送ってみるね」


 言うや否や、可愛い猫のスタンプが大量に投下される。

 ポコポコと鳴り止まない通知音に思わず眉を顰めれば、雫はけらけらと笑ってみせた。


「うん、その様子ならちゃんと届いたみたいだね」


「……おかげさまで」


 けど、スタンプ爆撃する必要はあったか?

 ……まあ、いいや。ツッコまないでおこう。


 ともかく、これで当日も櫛名と連絡を取り合うことができる。

 後は上手くいくことを祈るだけだ。


 スマホをしまいながら、そんなことを考えていた時だ。


「そういえばさ。すおーくん、クラスLINE入る? まだ入ってないっしょ」


 ふと、櫛名が訊ねてきた。

 ああ、やっぱりそういうのって存在してたのか。


 ——クラスLINEか……。


 暫し逡巡して、首を横に振る。


「いや、いい。色々面倒そうだし」


「やっぱりか。ま、すおーくんならそう答えるだろうなーって思ってたけど」


「……悪かったな、協調性皆無で」


 反応を言い当てられたのが無性に悔しくて、憮然と言えば、櫛名はなぜか誇らしげに唇を釣り上げていた。


「何、その顔?」


「ふふふ……だってさ、アタシだけがすおーくんの連絡先を唯一知ってる人間ってことでしょ。だから今、ちょっとした優越感みたいなのを感じてる」


「人をレアキャラ扱いすんな。」


「実際レアでしょ。一応聞くけどさ。すおーくん、アタシ以外に学校で連絡先を交換してる人いるの?」


「……いない。櫛名が初めてだ」


「ほら、やっぱり」


 櫛名は嬉しそうに笑みを溢す。


「つまりアタシが、すおーくんの記念すべき最初の女ってわけだ」


「おい、言い方」


 お前まだギリ彼氏持ちだろうが。

 もう別れる気満々でも語弊を生むような発言するなっての。


 俺を揶揄うようにアハハと笑ってから、櫛名は立ち上がった。


「——さてと、無事に連絡先も交換できたことだし。先に教室戻ってるね」


「おう、また後でな」


 一緒にいるところを見られたらあらぬ噂を立てられることは目に見えている。

 少なくとも、ここ以外で櫛名と接触するのは避けた方がいいだろう。


 扉を開けて中に入る寸前、櫛名がこちらに振り向いた。


「すおーくん、今日もお弁当分けてくれてありがとね! マジ美味しかった!」


 今度またお礼するからね、最後にそう言い残して教室へと駆けていった。


 昼休みが終わるまであと五分。

 一人残った俺は、ポケットにしまったスマホを再び取り出し、LINEを起動する。


 家族、バイト先——それらを合わせても登録数が二桁に満たない友達リスト。

 そこに追加された櫛名のアカウントを眺めて、えも言われぬ感慨を抱く。


「まさか高校一人目の友達が櫛名になるとはな」


 一週間前の自分に言ってもほぼ間違いなく信じてもらえないだろう。

 それくらい俺と櫛名は住む世界が違っていたのに……いやはや、人生何があるか分からないものだ。


 ——それはそうとして、だ。


「またお礼するってことは、なんか変なループ入ってねえか?」


 流石に昨日のデカ盛りハンバーグみたいな感じにはならないだろうが、櫛名のことだから金額以上のものを返そうとしてきそうで少し不安になる。


 別に礼なんていらねえのに。

 俺が好きで分けてるだけだし、それを美味いって笑顔で食ってくれるだけで十分なんだけどな。


「……まあ、いいや」


 それが彼女の性分なのだろうから。

 下手に貢がせ過ぎないように交渉を頑張るとしよう。


 小さく嘆息を吐き、俺も教室に戻ることにした。




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