腹ペコギャル、作戦会議をする
櫛名が八町と別れることを決意した翌日の昼休み。
いつものように第三校舎の非常階段で弁当を食っていると、櫛名が息を切らしながらやって来た。
「すおーくん! 作戦会議付き合ってー!」
勢いよく扉を開けるなり大声で呼ばれ、びくっと身体が跳ねる。
「……いきなり叫ぶなよ。くっそ心臓に悪いから」
「アハハ、ごめんごめん」
悪怯れることなく謝ってから、櫛名は俺の隣に腰を降ろす。
昨日と違って、手には弁当箱以外に購買で買ってきたと思われるおにぎりがいくつか入れられたビニール袋が下げられていた。
「少食キャラはやめたのか?」
「うん、まあね。もう崇志の好みに合わせて無理する必要ないから」
言って、櫛名はおにぎりの包装フィルムを剥がし、「いただきます」と両手を合わせてからおにぎりを口いっぱいに頬張る。
……よくそんな指先で器用に食えるよな。
ラメが散りばめられたスカイブルーの長いネイルを見て感心させられる。
その傍ら、おにぎりを食べ進めながら櫛名は幸せ満載の笑みを浮かべていた。
「やっぱおにぎりには鮭が一番だよね〜」
「へえ、櫛名は鮭派か」
結構、王道タイプなんだな。
「そだよ。あと同じくらい肉巻きおにぎりも大好き! すおーくんは何が好きなの?」
「昆布と辛子高菜」
「しぶ! チョイスウケるんだけど。でも、すおーくんって感じがして良き!」
声を立てて笑う櫛名を見てほっと胸を撫で下ろしつつ、彼女に訊ねる。
「ところでさっき作戦会議つってたけど、具体的に何の作戦を立てるんだ?」
すると櫛名は、少し躊躇うように口を何度か動かしてから、
「えーっと……崇志にどう別れを切り出すか、です」
みるみるしおらしくなりながら答えた。
それを聞いて、俺は首を傾げてしまう。
「……それって、普通にてめえが浮気してたから別れるって一方的に伝えて終わりじゃないのか?」
「まあ、確かにそうなんだけど。でも、出来れば崇志を悪者にはしたくないと言いますか……。えっと、その……崇志がいなかったら、アタシきっと今も独りぼっちだっただろうから」
なんとなく察してはいたが、櫛名ってかなり義理堅いよな。
こっちが完全に被害者なのに、それでも最大限平和的に解決しようとしている。
この様子だともし正式に別れたとしても、八町が浮気していた事実を周りに言いふらすような真似はしないだろう。
——本当、損な奴。
受けた恩を仇で返したくないって気持ちは分からなくもないけどよ。
でも、それとこれは話が別じゃねえか?
「……全く。お人好しも大概にしないと、いつか根こそぎ付け込まれるぞ」
「だ、誰にだってするわけじゃないし……!」
居住まいが悪そうに唇を尖らせる櫛名。
まあ、本人がそう言うのであればそうなのだろうが……、
「だとしても、だ。ある程度は割り切ることを覚えなよ。それで最後に櫛名だけが損するような事態になったら、目も当てられないだろ」
——というか、現にそうなってるし。
櫛名と関わるようになってまだ全然時間が経っていないが、それでも彼女が根っからの善人だということはよく分かった。
そんな人間が悲しい目に遭って欲しくないと考えるのは、至って自然な考えのはずだ。
「……って、悪い。なんか説教くさくなっちまった。それで話を戻すけど、具体的にはどうするつもりなんだ?」
「うーん……とりあえず、どこかで直接話したいなーとは思ってるんだけど……」
「なら、日中のカフェとか公園に呼び出した方がよさそうだな」
明るい時間帯で人目のある場所の方が建設的に話を進められそうだし。
仮に揉めて口論に発展したとしても、大事にならずに済むはずだ。
「となると、問題は……何を理由にして別れを切り出すか、か」
「うん、アタシが悩んでのもそこなんだよね。さっきも言ったけど、崇志を悪者にしたいわけじゃないから」
なんでそこまで甘いんだか……。
全て包み隠さずはっきり伝えればいいものを。
櫛名の考えはあまり理解できないが、今は本人の意思を尊重しておくとしよう。
「そうなると……価値観とか性格の違いが無難な理由になるか」
それならどっちが悪いわけでもない。
別れるための口実としてはうってつけだ。
「やっぱそうなるのかなあ。……でも、それだと引き止められそうな気がする」
「そうなったら、突っぱねるしかないだろ」
「突っぱねれる自信ない……」
「意志弱えな、おい」
「仕方ないっしょ! 本当の本当に好きだったんだし。——それに、今だって心の底から嫌いになりきれてないし……」
最後の方は伏し目がちになり、今にも消え入りそうな声だった。
今も尚、櫛名なりに葛藤していることは十分に伝わってきた。
「けど、浮気された以上、もうあいつとは付き合えないんだろ」
「……うん」
櫛名はこくりと頷く。
「だったら、踏ん張るしかないな」
「ぐぎぎ、すおーくんの鬼ぃ……!」
二つ目のおにぎりを頬張りながら、櫛名がじっと睨めつけてくる。
とはいえ、本気で睨んできてるわけではないので迫力は感じないどころか、ハムスターのような小動物的な可愛らしさが垣間見える。
「大丈夫だ。今は苦しいだろうけど、後で別れて正解だったって思えるようになるはずだから」
「そうなるかなあ……」
「なるさ」
櫛名の目を真っ直ぐと見据えて、はっきりと言う。
少なくとも自分の気持ちを押し続けるよりはずっとマシなはずだ。
思いつつ、俺はおかずが入った容器を櫛名に差し出す。
「良かったら今日も食うか? 流石に今回は全部はやれないけど」
「えっ、いいの!? 食べる! やったー!」
途端、櫛名の表情が物憂げなものから笑顔にころりと切り替わる。
上機嫌に容器を受け取ると、弁当袋から取り出した箸で卵焼きを一つ取り上げてひょいと口に運ぶ。
「ん〜、うっま! しかもこれ甘いやつじゃん! アタシ、甘い卵焼きがいっちばん好きなんだよね〜」
「俺もどっちかというと甘い派だ。となると、卵焼きの好みは一緒なんだな」
「確かに。おにぎりの具は全然違うのにね」
言って、あはは、と櫛名は笑う。
つられて俺も自然と笑みを溢していた。
すると、櫛名は俺を見てきょとんと目を瞬かせる。
「……ん、どうかしたか?」
訊ねれば、まじまじと俺を見つめながら答える。
「すおーくんって、アタシが食べてるとこ見てよく笑うなーって」
「そうか……?」
「そうだよ。昨日もそうだったし、よくよく思い返してみれば、デカ盛りラーメン食べてた時もそうだったような——」
「……まあ、確かにそうかもな」
とはいえ、自覚がなかったわけじゃない。
人が美味そうに食ってるのを見るのは好きだし、それが自分の作った飯であれば尚更だ。
けれど、いざ指摘されるとちょっとだけむず痒い。
「……あれれ? すおーくん、もしかして……照れてる?」
「照れてない」
「いやいや、その顔は照れてるっしょ〜」
櫛名がにまにまと目を細める。
妙に腹立つ顔に一瞬だけ渡した弁当を取り戻したい衝動に駆られたが、図星でもあったので強く出るのは断念した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます