腹ペコギャルと偶然の遭遇
学校で雫と一緒に弁当を食べたことは周りに悟られずに済んだようだ。
翌日、バレてないから少しだけ緊張していたが、一切そのような話題が聞こえてくることはなかったし、直接訊かれるようなこともなかった。
それから再びLINEだけでやり取りする日々が続き、あっという間にテスト期間は過ぎ去り、七月に突入した最初の週末。
日中のバイトを終えてから俺は、駅を超えた先にある繁華街に足を運んでいた。
今月から始まった大食いイベントに挑戦する為だ。
内容は、総重量五キロのポークカレー(※揚げ物たっぷり)を制限時間四十分で完食するというもの。
そして、完食すれば代金は無料となる。
ちなみに要予約制だったりする。
大食いチャレンジは頻繁にやるわけではないが、バイト先でデカ盛りメニューを考案する際や自分で大量に飯を作る時だったりの参考になるから、丁度良い内容のものがあれば、たまに挑むようにしている。
……あと仮に成功できれば食費浮かせられるしな。
「それにしても——」
こっちに来るのは、雫とデカ盛りハンバーグを食べて以来か。
「あの時は色々あったな……」
料金がバカ高えのに雫が全部奢ろうとしてきたり、八町と片桐の浮気現場を目撃しちゃって目の前で雫に号泣されるしで本当に大変だった。
でも——そのおかげで、雫にとって色々良い方向に事が進むようになった。
——そうなってくれていると信じたい。
少なくとも、最悪の事態を避けられたのは確かなはずだ。
半分自分に言い聞かせるようにつらつらと考えながら大通りを歩いていた時だ。
「……ん?」
ふと視線をやった先——人気の少ない路地に見覚えのある姿が見えた。
雫といつも一緒にいるギャル友達の一人、三浦
亜麻色の髪をツインテールに結んでいて、雫同様によく目立つからすぐに誰か分かった。
それと彼女らのすぐ傍にいるのは、根元が黒い金髪男とボサボサ茶髪男のいかにもチャラそうな二人組。
恐らく大学生だと思われるが……親しげな雰囲気は微塵も感じない。
寧ろ、迷惑そうにしている雫たちにしつこく取りつこうとしているようにしか見えない。
——なるほど、ナンパか。
実際にこの目で見るのは初めてだ。
というか、本当にやる奴なんているんだな。
実行できる度胸にある意味で感心しつつ、俺は雫の元に向かって歩き出す。
流石に見知った人間が困っているのを見過ごすわけにはいかない。
息を潜めて近づけば、四人の会話が聞こえてくる。
「——だから、ウチら友達待ってるって言ってんじゃん! アンタらに付き合ってる時間なんてないっての!」
「まあまあ、そんな堅い事言わないでよ。俺ら男二人だけで寂しいんだって。ちょっとだけだからさ。ね?」
「ね? じゃねえっしょ。アタシら、アンタらに微塵も興味ないから、さっさとどっか消えてくんない?」
「おー、痺れること言うねえ。いいね、そういう強気な姿勢も嫌いじゃないよ。逆に唆るってもんだ」
「うわ、キッモ……!」
初めて聞く雫の冷え切った声にも男たちは意に介さない。
それどころか、雫たちの反応を楽しんでいるようにも見えた。
ただ単にアホなだけなのか、それとも普通にヤバい奴なのか。
——どちらにせよ、俺のやることは変わらないけど。
いつまで経っても問答が終わらないせいでとうとう痺れを切らしたか。
茶髪男が舌打ちを鳴らして三浦に手を伸ばす。
「ああもう、めんどくせえな! いいからオレたちと遊ぼうって言ってんだ——」
三浦の手首に触れる寸前。
「——あの、悪いけど俺の連れに何か用ですか?」
茶髪男の肩にポンと腕を乗せ、静かに訊ねる。
振り返った男は俺の顔を見上げ、僅かに身体を震わせた。
「ひっ……!?」
「お、おい、いきなりなんだよ! つーか誰だよお前!?」
金髪男が声を張り上げるが、さっきまでの威勢は無くなっている。
ああ、なるほど……女に対してだけ強気に出るタイプか。
……うん、普通にダサいな。
あまりに情けなくて、ついため息が出てきた。
まあ、そんなことは置いておくとして、だ。
「この二人、俺の友達。何か用があるなら俺にも教えて欲しいんですけど」
俺は半ば睨むように男二人を見据える。
それから、雫に絡んでいた金髪男にぐいっと顔を近づける。
「良ければ俺も混ぜてくれませんか。男二人で寂しいんですよね?」
気持ち声音を低くして提案すれば、男たちは嫌悪感たっぷりに口々に叫ぶ。
「だ、誰がテメエなんかと遊ぶかよバーカ!」
「知らねえ男といてもむさ苦しいだけだろうが!」
もういいわ、お前のせいで萎えたわ。
最後にそう吐き捨て、二人組は逃げるように大通りへ姿を消した。
男たちがいなくなったことを見届けてから、俺はほっと胸を撫で下ろし、二人に振り返る。
「……大丈夫だったか?」
「あ……うん、大丈夫。ありがとう、蘇芳」
三浦が呆然と頷く。
その隣で雫は、へにゃりとした笑みを湛えていた。
「すおーくん、ありがとー! マジ助かった〜! アイツらガチしつこくて困ってたんだよねー!」
「なら、良かった。……ところで、櫛名たちはここで何してたんだ?」
「買い物だよ。沙羽と夏希、それと梨乃亜の四人で新作のコスメ見に来たんだ。でも途中で夏希と梨乃亜が服見に行っちゃったから、アタシと沙羽はここで待ってたんだけど、そしたらさっきの男共に絡まれて……って感じ」
「なるほど。二人とも本当に災難だったな」
「ホントだよ、もー最悪だし」
やれやれと肩を竦めてから雫は、そういえば、と首を傾げる。
「すおーくんこそなんでここに?」
「大食いチャレンジ。ちょっと行った先にあるカレー屋で五キロのカレー食いに行くとこ」
「え、いいなー! アタシも行きたい!」
「残念だけど、予約しないと無理だぞ」
「ええっ!? そんなあ……」
カレー、と惜しむように呟いて肩をがっくしと落として落胆する雫。
おう……そこまで食いたかったのかよ。
おやつをお預けされた子犬みたいな顔で俯くものだから、つい慰めの言葉を探してしまう。
「まあ……その、あれだ。チャレンジできる期間は結構あったはずだから、気が向いたら櫛名もやってみなよ」
言った直後、遠くから雫と三浦を呼ぶ声が聞こえてきた。
その方向へ振り向けば、別行動を取っていたという雫のギャル友達二人が大手を振りながらこっちに歩いてきていた。
四人になれば、さっきみたいにナンパされることもなくなるだろ。
予約していた時間が迫ってもいるし、立ち話もこの辺にしておくか。
そう結論づけて、目的地に向かって歩き出す。
「じゃあ、俺は行くから。二人とも一応、気をつけなよ」
「……うん! じゃあね、すおーくん!」
一拍置いて、雫が笑顔で手を振る。
隣で三浦が何か言いたげに見つめていたが、「おう」と片手で応えて、俺は場を離れた。
大食いチャレンジは、三十八分五十秒で完食に成功した。
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