全力リカバリー、そしてささやかな
これは料理以外にも言えた話ではあると思うのだが、素人というものは得てして予想より斜め上——あるいは下ともいう——の行動をとるものだ。
例えば——
「ほっ、よっと」
「笹本、包丁は押し当てる感じで大丈夫だ。それでちゃんと切れるから。だから頼むからスナップ利かせて振り下ろさないでくれ。見ててマジで心臓に悪いから。あと指は丸めてくれ。ほら、こんな風に猫の手にして」
case1.
単純に包丁の使い方が危ない。まな板に勢いつけて包丁を叩きつけていて、ターン! ターン! と部屋中に響き渡る音で周りの人間もビビり散らかしていた。
指をずばっと落としそうで、ここ最近で一番戦慄した。
ついでに丸尾先生も流石に肝を冷やしてそうだった。
「ねえ、蘇芳。間違って砂糖もどばーって入れちゃった。もう量分かんなくなっちゃったから他も適当に入れちゃっていい?」
「待ってくれ、鈴木。味の調整図るから。ちょっとそれ寄越して」
case2.
作業が大雑把過ぎる。調味料入れる時は計量スプーンで計ってやってくれ。
料理経験の無い人のやる目分量ほど怖いものないから。
「虫、イヤだ……もう見たくない。けどまだ隠れてたらヤダし……あ、そうだ。洗剤に浸せば死ぬかな?」
「死ぬかもだけど、代わりにそれ食う俺らもタダじゃ済まねえぞ。……ったく、俺が虫いないか確認するから少し待ってな。だから今すぐその洗剤はしまってくれ」
case3.
——対策の発想が飛躍している。
虫嫌いなのはよく分かったから、もう少し冷静になってくれ……。
というか、三浦ってこの四人の中だと一番落ち着いてそうなのに、虫が関わると一気にポンコツ化するのな……。
——とまあ、こんな感じだ。
おかげで普段料理をしないギャル三人の尻拭い……もといフォローに翻弄させられていた。
しかも厄介なことに三人ともタイプの異なるヤバさを持っていたせいで、まとめて指南とリカバリーができずにいた。
当然、自分の作業と並行してやっていたので、精神的疲労が半端なかった。
そして、この様子を見ていた男子から羨望と嫉妬の入り混じった気配はとうに消え失せており、逆に同情の眼差しを——なんなら女子からも——寄せられていた。
「すげえ、よくあれで崩壊せずに済んでるな」「ある意味、蘇芳で正解だったかも」
「捌き役適任過ぎんだろ」「俺、あの三人を御せる自信ねえわ」「私も……」
とはいえ、俺一人でどうにかできているわけではない。
その陰には雫の存在が大きかった。
コンロの前に戻れば、俺の代わりに鍋を見てくれていた雫が気の毒そうな表情で微笑みかけてくる。
「すおーくん、お疲れさま」
「サンキュー、助かった」
雫が普通のことを普通にできるおかげで、火を使った作業の途中でも気兼ねなく鍋から目を離すことができた。
加えて——、
「ねえねえ、すおーくん! 見てよ、これ! サフラン入れてみたんだけど、めっちゃ黄色くなってない!? 葉っぱはこんなに赤いのに色ヤッバ〜」
「……そうだな。あとそれ葉っぱじゃなくてめしべな」
たわいのない会話がとても心安らぐ。
まともなレスポンスもできないのを察しているだろうに、俺の気分転換にと明るく話題を振ってくれる心遣いも今は本当にありがたかった。
なるほど、平和ってこういうことを言うんだな。
真の意味でどういうものなのか理解できたような気がする。
「——櫛名、本当にありがとう」
「え、何、急にどしたの?」
「普通のことを普通にやってくれて。櫛名がいなかったら、まともに調理できるかどうかも怪しかった……」
「……なんか素直に喜べない褒められ方なんだけど」
唇を尖らせ、ジト目を向けてくる雫だったが、
「まあでも、すおーくんの役に立ててるなら良かった。今まで料理を頑張ってきた甲斐があったってもんだよ」
にこりと顔を綻ばせてみせた。
「……っ」
ずっと見てきた笑顔のはずなのに、何故だかいつもより眩しく見える。
いや、多分俺の錯覚なのだろうが、それでも心臓から顔へじりじりと熱が迫り上がるようで、雫を視線から外してしまう。
「——このまま最後まで無事に作れるといいな」
「……そだね」
隣から雫の柔らかな声が聞こえた直後、
「蘇芳〜! 肉ダネに牛乳入れ過ぎてべちゃべちゃになっちゃたー」
鈴木からSOSが飛んできた。
トッピングにハンバーグを作っているのだが、初っ端から不安しかない。
「だから牛乳パックから直接注ぐなって言っただろ。鈴木、パン粉ってまだ余ってるか?」
「あるよー」
「よし、それで水分量を誤魔化すぞ。櫛名、悪い。もうちょっとだけ火見といてくれるか?」
「任せろし! バッチリ現状維持しておくから」
雫がぐっと親指を立ててくれたのを確認してから、俺はすぐさま鈴木のフォローに向かった。
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レビューコメント一件いただきました。
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