腹ペコギャルと調理実習
結局、あの日以降もクラスの男子からはグループ代わってくれと何度も頼み込まれる日々が続いたが、「ウチらが認めないから」と三浦に一蹴されたことで、男子共の懇願はぴたりと止んだ。
そして翌週、迎えた調理実習当日。
授業が始まる直前の家庭科室で俺は、男子共の恨めしそうな視線を現在進行形で浴びまくっていた。
「くそう、蘇芳の奴羨ましい……!」「あんなのハーレムじゃないか!」
「蘇芳め、末代まで呪ってやるからな……」
「罪な男をなぎはらうなり罪な男をなぎはらうなり——」
実際に言葉に出してこそいないが、遠巻きから俺を睨む目が雄弁に語っていた。
なんかガチもんの呪詛が混じっているような気がするが、俺の思い違いってことにしておこう。
それと男子共の視線は俺でなくとも察知できるレベルだったようで、雫が心苦しそうな面持ちでこっそりと耳打ちをしてきた。
「すおーくん、なんかごめん……」
「櫛名が気にすることじゃねえよ。もう慣れたし」
なんだかんだ一週間近くこの調子だったおかげで、いくらか耐性も付いてる。
今更肝を冷やすようなことでもなかった。
——それにしても。
(意外と様になっているな。雫のエプロン姿)
オリーヴグリーンのプレーンな布地を使ったシンプルなデザイン。
実用性に重きを置いてあるからか、それ単体では何の感想も抱くことはないが、逆にこの無味さが雫本人の素材の良さをより引き立てている。
白金色の長い髪は高い位置で結えられていて、白いうなじが見えるせいで直視するのが躊躇われた。
横目で追っていると、雫がじっと俺を見て、青い瞳をを瞬かせる。
「……どうかした?」
「あ、いや……なんでもない」
流石にうなじにとぎまぎしたとか言えるはずもなく。
俺は咄嗟に視線を外しながら誤魔化した。
何故か調理台を挟んだ先にいる三浦たちがにやにやと俺を見ていたが、下手に会話しようとすると周りの目が更にめんどくなりそうだったので、ここは口を噤むことにした。
数分後。
「それじゃあ、ぼちぼち始めるぞー」
本鈴が鳴ってすぐに丸尾先生がおさらいがてらの事前説明を開始する。
今回のお題は、ルーではなくカレー粉を使ったチキンカレーとドレッシング込みのグリーンサラダ。
この二つに加えて、各自で持ち込んだ食材を使って好きなトッピングを作るというものだ。
手短に説明を済ますと、丸尾先生は、
「よし、あとは好きにやんなー」
と、パンと手を叩き、俺らも各々調理に入った。
「じゃあ、俺はカレーを担当するから櫛名たちは米とサラダを頼む」
誰がどの料理を担当するかは事前に決めてある。
包丁と玉ねぎを手に取りながら指示を出せば、ギャル達は「イエッサー」と綺麗に声を揃えて敬礼してみせた。
軍隊かよ。
心の中でツッコみつつ、早速下準備に取り掛かる。
手早く皮を剥いた玉ねぎを薄くスライスし、終わったらにんにくと生姜を細かくみじん切りにする。
それから鶏もも肉を簡単に掃除しようとして、ふと前方から視線を向けられているに気づく。
顔を上げれば、調理台の向こうから三浦と笹本と鈴木の三人が目を丸くして、まじまじと俺の手元を見つめていた。
「……あの、そんなに見られるとやりづらいんだけど」
「あ、ごめん。でも、まさかここまで手際が良いとは思わなかったから、つい」
「それな。一応、雫から料理男子だとは聞いてたけどさ、もうプロレベルじゃん。見てよ、蘇芳が切った野菜。めっちゃ薄いし細かいしでヤバいって!」
「こんなのまざまざと見せられたら、女子として絶対的な敗北を感じるよね。蘇芳、恐るべし……」
口々に言う三人。
こんなに誰かから褒められることはなかったせいか、ちょっとむず痒くなる。
思わず視線を泳がせた直後、
「ちょっとー、沙羽たちも手動かせし!」
一人米を研いでいた雫からお叱りが飛んできた。
三浦たちは「はーい」と気の抜けた返事をすると、各々の作業に戻っていった。
「すおーくん、ごめん。気散ってたでしょ」
「いや、大丈夫。でも、わざわざ気にかけてくれてありがとな」
小さく笑みを溢しながら言えば、
「……別にこれくらい当然だし」
雫は呟くように言って、手元に目線を落とした。
視線が消えたことを確認し、俺は再び作業に集中する。
気を取り直して鶏もも肉の筋や軟骨を取り除き、一口大に切り分ける。
これで下準備は完了、あとは鍋だけで完結させられる。
「さてと——」
俺自身の作業に一区切りついたので、周りを確認してみる。
「ねえ、サラダの野菜ってどれくらいに切り分ければいいんだっけ?」
「夏希、包丁の刃こっち向けんな怖いから! って、うわあ!? こっちの野菜の中に虫入ってる!! 梨乃亜取ってー!!」
「自力でどうにかしてー。梨乃亜、ドレッシング作りで忙しいから。……あ、塩入れすぎちゃった」
なるほど、これは中々に楽しい調理実習になりそうだ……。
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