腹ペコギャルと不穏で悪辣な噂

ちょっと重めのいきます。

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 翌朝、教室全体が異様な空気に包まれていた。


 入ってすぐに気づく。

 普段より静かだけど、それでいて落ち着きがないというべきか。

 とにかく何かがいつもと違う。


 ——胸騒ぎがする。


 自分の席に向かいつつ、周りをよく観察してみる。

 程なくしてその理由が分かった。


 どのグループも声を潜めて会話をしているせいだ。

 それも恐らく——共通の話題で。

 何についての話題なのかは分からないが、なんというか腫れ物に触るような話し声だった。


 妙な居心地の悪さを感じつつ、自分の席で適当に時間を潰していると、雫たちギャルグループが四人揃って教室に入ってきた。

 途端、クラスメイト達の疑心と困惑の籠もった視線が一気に彼女ら——否、雫に向けられた。


(なんだ……?)


 すると、クラスメイト男子の一人がバツが悪そうにしながらも雫に話しかけた。


「く、櫛名……! あ、あのさ……確認したいことがあるんだけど」


「おい、馬鹿っ! よせ——」


 一緒にいた男子が慌てて制止をかけようとするも、


「櫛名が八町と別れたのって、櫛名の浮気が原因って本当なのか……?」


 間に合わず——とんでもない爆弾が投下された。

 すぐに察した。妙に騒ついていた理由はこれだったのか、と。


 直後、浮き足立っていた空気がお通夜のような静寂へと反転する。


 雫はというと、遠目でも分かるくらい呆然と立ち尽くしていた。

 顔を真っ青にして、若干ふらつきながら口元を両手で覆い隠した。


(雫……っ!)


 咄嗟に立ち上がろうとした時。


「……は?」


 三浦が冷え切った声で吐き捨てるように返した。

 雫に質問してきた男子をぎろりと睨みつける。


「いきなり何言ってんの? 冗談でもクソつまんないんだけど」


「えっと、い、いやその……俺が言い出したんじゃないぞ! 今朝から学年中で噂になってんだよ!」


「だからって直接本人に真偽を訊く馬鹿がいるか! 少しは状況考えろ!」


「いでっ!!」


 制止をかけようとした男子が雫に話しかけた男子の頭を思いっきり引っ叩いてから、自分の席へと引きずり戻す。

 けれど、そんなことで空気が軽くなる筈もなく……それどころか、より重苦しいものへと悪化の一途を辿っていた。


 ——雫の浮気が原因……?


 ありえない。ありえるわけがない。

 浮気をしていたのは八町の方だ。


 八町が片桐と浮気をしていたから、雫は別れる決心を固めた。


 ——あんなに辛い思いをして、たくさんの涙を流して。


 事実がどこかで捻じ曲げられている。

 悪意が介在している。

 確実に雫を——陥れようとしている。


 そして、それが誰によるものなのかは容易が想像がつく。

 だからこそ、雫は怒りに駆られるよりも恐怖や絶望の方が強く出てしまっているのだろう。


(今、ここで出すべきか……)


 ポケットからスマホを取り出す。

 こいつの中にはまだ証拠の動画が残っている。


 それをここにいる人間に見せれば、少なくとも雫に対する誤解は解けるはずだ。

 ついでに八町の悪行も白日に晒される。

 それで万事解決……とはいかずとも、ある程度は好転するはずだ。


 ——でも、本当にいいのか?


 それを公表するということは、雫の意志に反するということ。

 自分がたくさん傷ついてまで貫き通した八町を悪者にしない別れ方をふいにしてしまうことに繋がる。


 可能ならば、彼女の意志は最大限尊重したい思いは今でも変わらない。

 たとえそれが——どれほど甘い決断であったとしても。


(だけど……これ以上、雫が傷つくところは——)


 決断できないまま、ぐずぐずと思考だけが堂々巡りしていた時だった。


「——雫!?」


 笹本が声を張り上げる。

 雫がその場に膝から崩れ落ちていた。


「大丈夫!? 立てそう?」


 三浦が呼びかけるも、雫はふるふると首を横に振る。

 俯いてしまっていて表情は窺えないが、相当堪えていることだけは見て取れた。


「……うーむ、これは無理っぽいなー」


 言って、鈴木が周りを見渡し始める。

 途中でばっちりと目が合うと、鈴木は俺に手招きをした。


「おーい、蘇芳ー! 雫、保健室に運ぶから手伝ってー!」


「ああ、分かった」


 即答して、俺は席を立ち上がる。

 周りの男子が何か言いたげにしているのを感じたが、三浦がキッと睨みを利かせると瞬時に霧散した。


「それで、俺はどうすればいい?」


「とりあえず、雫をおぶってちょー」


「了解。……櫛名、こっち寄りかかれるか?」


 屈んで背を向けながら訊ねれば、


「……ごめん、すおーくん」


 今にも泣き出しそうなか細い声で返してから、雫は俺の背中に身を預ける。

 首に両腕を回され、弱々しい力ながらもぎゅっとしがみつくのを確認してから、俺は慎重にゆっくりと立ち上がる。


 ——軽いんだな。


 背中に雫の柔らかく華奢な身体が触れ、ほんのりと甘い香水の匂いが鼻腔をくすぐる。

 どきりと心臓が高鳴り、否応にも鼓動が逸りだすが、それはおくびにも出さないよう必死に努める。


 ここで鈴木が俺を指名したのは、偏に雫が俺を信頼してくれているからだ。

 であれば、俺が全うするべきは彼女らの信頼に応える、ただそれだけだ。


 保健室に向かうまでの途中、絵面が絵面なので廊下にいた生徒から注目を浴びてしまったが、三浦たちが人払いしてくれたおかげで、そこまで騒がれずに済んだのが救いだった。


「すおーくん、ごめん。迷惑かけて……」


「謝るな。お前は何も悪くないんだから」


 けれど、保健室に着くまでの間、雫は何度も何度も謝ってきた。


————————————

またまたすみません……()

コメントレビューを一件いただきました。ありがとうございます!

まさか五話連続でこんな報告をさせていただけるとは……本当にありがとうございます!

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