腹ペコギャルと急遽なお買い物

 善は急げとなんとやら。

 その日の午後、俺は雫に連れられて(※正確には姉貴に追い出されて)繁華街にやって来ていた。


 訪れたのはショッピングモール内にあるスポーツショップ。

 その中のメンズ水着コーナーに俺たちはいた。


 ここに来たのは、俺のサーフパンツを買うためだ。

 というのも、俺が遊ぶ用の水着を持っていないことを雫に打ち明けると、


「じゃあ、これから買いに行きなよ。今日はバイト休みなんだし」


 と、速攻で姉貴に予定を組まれて現在に至るというわけだ。


「よしっ! それじゃあ、アタシがばっちしコーデしてあげる!」


 るんるんと声を弾ませて、雫は並んでいるサーフパンツに目を通す。

 急遽、姉貴に付き添いを頼まれたにも関わらず、どういうわけかかなり上機嫌そうだ。


「悪いな。わざわざ遊びに誘ってもらっただけじゃなく、その前準備も手伝わせちまって」


「へーきへーき! アタシが好きでやってるわけだし。それよりもすおーくん、何系がいいとかある?」


「……特にない。サイズが合ってればそれでいい」


 答えると、雫がジト目で俺を見つめてくる。


「ふーん……すおーくん、そーゆうこと言っちゃうんだー」


「そういうことって……水着なんて着れればなんでもいいだろ」


「だったら、このパステルピンクとコーラルピンクとショッキングピンクをハートと星柄のやつに——」


「すみませんでした。できれば落ち着いた色合いのやつが良いです。だから、それだけはマジで勘弁してください」


 深々と頭を下げれば、雫は目を瞬かせてから声を立てて笑った。


「もう、冗談だってー! ちゃーんとすおーくんに似合うの選ぶから安心して!」


 ま、これはこれで普段とのギャップが合ってよきだと思うけど。

 なんて呟きながら雫は、他の水着を見繕う。


「ん〜、真面目に選ぶとなると……ねっ、これとかどう?」


 勧めてきたのは、黒を基調としたボタニカルな柄のサーフパンツだ。

 よく見てみると黒の中にも濃淡をつけて柄を表現していた。


「……柄物か。少し派手じゃねえか……?」


「全然じゃない? てか、むしろかなり抑えてるほうっしょ。色も黒メインでアクセントにちょっと白が入ってるくらいだし」


「……そういうもんか」


 呟けば、雫はうんうんと頷く。


「そういうもんだよ。けどまあ、アタシ的にはもっとアロハ柄みたいにカラフルなのにして攻めても良いと思うけど、でもそこまでいくとすおーくんの好みじゃなくなるっしょ?」


「……よくお分かりで」


「ふっふっふ、アタシは何でもお見通しなのだよ」


 余裕綽々とばりに胸を張って答えるも、すぐにからっとした笑顔に切り替わる。


「まっ、本当は海緒お姉さんがすおーくんの好きそうな色とか柄を先に教えてくれてただけなんだけどね」


「情報出回ってたのかよ。……というか、雫。最近、本当に姉貴と仲良いな」


「えへへ、いいでしょ〜!」


 先日、八町との一件の後に雫を家に連れて帰ってから、雫と姉貴が連絡をやり取りする頻度が増えていた。

 多分、俺より雫の方が姉貴とコミュニケーションを取ってるかもしれない。


 ちなみになんで俺がそのことを知っているかというと、


『ねえねえ、岳く〜ん。私、今、雫ちゃんとLINEしてるんだ〜。どう、羨ましいでしょ〜』


 という感じに、姉貴が絶妙にむかつく態度で雫と連絡する度に逐一自慢してくるからだったりする。


「ありがとな、姉貴の相手をしてくれて」


 しかし、雫は小首を傾げる。


「んー、それはちょっと違うかなー。どっちかと言うと、海緒お姉さんがアタシに構ってくれてるんだよ。もしお姉ちゃんがいたらこんなだろうなーって感じがして楽しいし。だから逆にアタシの方が感謝したいくらいだよ」


「……そうか」


 何にせよ、雫が迷惑がっていないならそれでいいか。

 姉貴も雫が本当に嫌だったら察して控えているだろうし。


 まあ、この話は置いておくとして——、


「——とりあえず、水着はこれで決まりだな」


「えっ、すおーくん、自分で選ばなくていいの?」


「別にいい。俺より雫の方がずっとファッションセンスあるだろうし。それに……友達に何かを選んでもらうって初めての経験だしな」


 そもそも友達と出かけるなんてこと自体まず無かった。

 それこそ以前、雫と巨大ハンバーグ食いに行ったのが初めてだった。


「だから雫が選んだくれたやつにするよ。選んでくれてありがとな」


 言って、笑ってみせれば、


「……どういたしまして!」


 少し気恥ずかしそうにしながらも、雫もにっこりと笑い返してみせた。


 それからラッシュガードも雫に見繕ってもらった後、他にも必要そうな道具を一通り買い揃えてから店を後にした。


 店の外に出た後、歩きながら身につけていた腕時計で時刻を確認してみると、入ってから出るまで二十分もかかっていなかったことに気づく。


「……にしても、思ったよりも早く済んだな」


「そりゃ、すおーくん、アタシが選んだやつを即断即決してたからね。今更かもしんないけど、もうちょっと自分の意見を持っても良かったんじゃない?」


「一応、俺も考えてはいたぞ。考えた上で雫の選んでくれたやつが良いって判断して買っただけのことだ」


 合わないと思ったら遠慮せずに断っている。


「本当に選んでくれてありがとな」


 改めて感謝を口にすれば、雫は「えへへ」と照れくさそうに口元を綻ばせた後、


「——あっ」


 ふと何かが視界に入ったのか、吸い込まれるようにそっちに視線を走らせる。

 視線の先を追ってみれば、ソフトクリームを店頭販売している和風スイーツ店があった。


(……抹茶&ほうじ茶、か)


 口には出していないものの、雫がそれを食べたそうにしているのは一目で分かった。

 言葉にしないのは、俺が帰って夕飯を作らなきゃならないからだろう。


 とはいえ、予定していたよりもずっと早く買い物は終わったおかげで時間に余裕はあるし、買い物に付き合ってもらったお礼をしなきゃとは思っていたから丁度いい。

 念の為、時計を再度確認してから、


「——雫、あれ食ってから帰ろうぜ」


「え、いいの!?」


「ああ、雫のおかげで速攻で買い終わったしな」


 提案すれば、雫はぱあっと目を輝かせて「うん!」と力強く頷いた。


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