家に帰れば、もう一人の姉(?)あり

「夜もすおーくんのご飯食べれるの楽しみだな〜!」


 雫が声を弾ませたのは、あと少しで家に到着しようとした時だった。

 夜まで俺のバイトがない日という条件付きだが、今日から雫も家で夕飯を食べていくことになっていた。


「昼ほどは作らないけど、それでもいいか?」


「全然オッケー! てか、いつもあの量だと太っちゃうし」


 小さく笑う雫に俺も笑みを返す。


「確かに、それもそうか」


 俺も大食いだから分かるが、毎食大量に食っているわけではない。

 食費を抑える意味でも体重を維持する意味でも一日の摂取カロリーを考えたり食事内容を調整したりして帳尻を合わせている。


 ——まあ、それでも普通の人よりは食ってるんだろうけど。


 などと考えていると、雫がおずおずと訊いてくる。


「……ところでさ、すおーくん。今更だけど、ホントにこれからすおーくん家で夕ご飯食べてっていいの?」


「ああ、雫も家で一人で食うよりは良いだろ」


「まあ、それはそうだけどさ……」


「なら、遠慮しないで食っていきなよ。姉貴も苺花も雫がいてくれたら喜ぶし、俺としてもその方が作り甲斐があるから」


 言いながら、家の中に入った直後だった。

 玄関の端に綺麗に揃えられたパンプスがあるのが目に映った。


 姉貴の持っている靴ではない。

 見た瞬間、俺は天を仰ぎたくなった。


「……うーわ、マジか」


「すおーくん、どしたの?」


「いや、少々面倒なことになりそうだなって。……すまん、先に謝っとく」


 不思議そうに目を瞬く雫を横目に中に上がる。

 嫌な予感を抱きつつ、少し足早にリビングに向かう。


「雫。悪いけど、ちょっとそこで待っててくれるか」


「う、うん……いいけど」


「すまん」


 そして、重ねて謝ってから、部屋の扉を開ければ、


「あら、おかえりなさい。思ったより早かったわね」


 スーツ姿の女性が優雅にコーヒーを嗜んでいた。


 姉貴とよく似た黒髪の女性だ。

 だが、姉貴よりもずっと落ち着いた雰囲気を纏っている。


 ——あー、やっぱりか。


 こんなことだろうと思ったよ。

 何食わぬ顔で穏やかに微笑んでいるその人に、俺は思わず訊ねる。


「……え、なんでいんの?」


「なんでって、酷い言いようね。今朝、海緒ちゃんと電話している時に夕方くらいに帰るって言っておいたんだけど。……あれ、もしかして聞いてない?」


「聞いてない。というか、姉貴にだけ言うなよ。姉貴、俺と苺花に情報共有しない可能性あんだから」


「それもそうね。あの子、空我さんに似て結構大雑把なところがあったのを忘れてたわ。うっかりうっかり」


 やれやれと困ったように、けれど、どこかわざとらしく言う女性。

 その態度だけで姉貴が敢えて俺に情報を伏せるのを分かってやったのだと確信がつく。


 一つため息を溢してから、女性に別の質問も投げかける。


「ところで姉貴と苺花は?」


「海緒ちゃんとちぃちゃんは、二人でスーパーにお買い物に行ってるわよ。それよりも……がっくん。逆にこっちから訊くけど、いつまでお友達を部屋の外に待たせてるつもり? 家に招いておいてその対応は失礼よ」


「……あんたがいるから入れようにも入れれなかったんだよ」


 案の定というべきか、とっくに気づかれてたか。

 鉢合わせてしまった以上、元より隠すつもりはなかったけど。


 腹を括り、部屋の外に待たせていた雫を手招きする。


「雫、ちょっと」


「もういいの?」


「ああ……っていうか、ここからが本番というか……とにかく来てくれ」


 俺の歯切れの悪い態度に雫は怪訝そうにするも、素直に従ってリビングに入る。

 雫が姿を見せたことを確認すると、女性は椅子から立ち上がって深々と頭を下げた。


「あなたが雫さんね。うちの岳斗がいつもお世話になってます」


「え、あ……は、はい。こちらこそすおーくんには色々と助けられてます」


 ぺこりと会釈を返して、雫は恐る恐る訊ねる。


「えっと……その、間違ってたらすみません。もしかして、すおーくんのもう一人のお姉さん……ですか?」


 すると、柔らかな微笑みが返ってくる。


「あらあら、嬉しいことを言ってくれるのね。ありがとう。——でも……うちは三人兄妹よ」


「えっ、それじゃあ——」


「岳斗の母です」


 途端、場が静寂に包まれる。


 雫に視線をやると、ぽかんと目を丸くしていた。

 そして、たっぷりと数秒かけてから、雫は目を大きく見開いて叫んだ。


「お母様!? わっか!!!」


————————————

逆襲の末脚に脳焼かれて更新遅くなりました()

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