腹ペコギャルと三者面談

 雫と並ぶ形でダイニングテーブルについていれば、母さんが淹れたばかりのコーヒーを差し出した。


「はい、どうぞ」


「……ありがとう」


「ありがとうございます!」


 コーヒーの香ばしくあたたかな香りが場を満たす。

 雫にはコーヒーフレッシュとガムシロップ、それと角砂糖が入ったケースも添えていた。


「好きに使ってどうぞ」


「いいんですか!? やった、ありがとうございます!」


 再び雫が礼を言ったところで、母さんは柔和な笑みを浮かべつつ——けれど、どこか妙な圧を放ちながら——俺らと向かい合う形で席に着いた。


 普段見せない改まった態度と放たれるプレッシャーに緊張感が高まる。


「——改めまして、岳斗の母の竜胆りんどうです。あなたのことは海緒から聞いているわ。海緒と苺花共々、息子といつも仲良くしてもらえているみたいでどうもありがとう」


「い、いえ……! むしろ良くしてもらっているのはアタシの方っていうか、すおーくんには色んな意味で助けられたというか……! とにかく、お礼を言うのはアタシの方です!」


 少し慌ただしそうに雫が答えると、程なくして母さんから放たれていた圧が霧散した。


「……なるほど、海緒ちゃんから聞いていたとおりの子ね」


 母さんはふっと笑みを溢すと、


「——それじゃあ、ここからは堅苦しいのはなしね」


 一転して穏やかな雰囲気を漂わせた。


「ごめんなさいね。がっくんの初めてのお友達だから、ちゃんと挨拶しないと思ってつい堅くなっちゃったわ。よろしくね、雫ちゃん。私のことは遠慮せずにリンちゃんって呼んでね」


 ぶっ飛んだ距離の詰め方してんな、おい。

 普通、いきなり息子の友達にあだ名で呼ばせねえだろ。


「はい、リンちゃん!」


 そんで雫は雫でめっちゃノリが軽いな。

 ……いや、雫なら合わせられるか。

 普段一緒にいる面子があれだし。


 内心でツッコミを入れていれば、雫はうっとりとした眼差しで母さんをまじまじと見つめる。


「——ホント、リンちゃんって見れば見るほど若いなあ……。冗談とかお世辞とか抜きにガチで二十代にしか見えないんですけど……!」


「ふふっ、自慢だけどよく言われるわ。海緒ちゃんだけじゃなくて、ちぃちゃんと並んでも歳の離れた姉妹に間違われるもの。やっぱり日頃のスキンケアの賜物かしら?」


「普段、化粧水とか何使ってるんですか? 教えて欲しいです!」


「そんな大層なものは使ってないわよ。大事なのは——」


 ……凄えな、あっという間に意気投合してやがる。

 まあ、母さんも雫も社交的な性格ではあるし、そう不思議なことではないか。


 会話を聞き流しながら思う。


 母さんは化粧品メーカーに営業職で勤めている。

 なのでよく全国を飛び回っており、こうして家に帰ってくるのは月に数回だったりする。


 ——とはいえ、平日に戻ってくるのは本当に珍しいんだけど。


 それから一頻り美容系の話に花を咲かせたところで、ふいに母さんが俺を向く。


「それにしても……がっくん、よくこんな美人さんとお友達になれたわね」


「えへへ、美人だなんて照れますよ〜……!」


「……まあ、色々偶然が重なった結果というか。正直、そこは自分でもよくできた話だと思う」


「それもそうね。ちょっとやそっとで友達を作れていたら、今頃もっとお友達がいるはずだものね」


「……地味に痛いとこ抉ってくるな」


 親に指摘されると、ちょっとメンタルに来るぞ。


「それはそうと、空我さんに似て素材はとっても良いと思うのだけどね……」


 頬に手をあてて母さんが呟くと、雫はうんうんと頷く。


「分かります! すおーくんって野暮ったさをなくせば、一気に見違えると思うんですよね。リンちゃんにもとっても似てますし。目元がキリッとしてるところとか特に」


「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわね。でも残念なことに、この子、自分のことには本当に無頓着だから……」


「これはこれで良いと思うんですけどね〜。分かる人には分かるって優越感に浸れるって感じがして」


「確かにそれも一理あるわね。それに、その方ががっくんにとっても気が楽そう。がっくんって、たくさんの人からモテたいっていうよりも、ただ一人真に理解してくれる人がいてくれるだけで良いって考えだし」


 ——まあ、あなた方からそう教えられて育ってきたからな。


・十人からそれなりに好かれるよりも、一人から真に好かれる人間であれ。

・いついかなる時も自分自身を偽ることなかれ。

・人の道だけは外すべからず。


 これが我が家の三箇条だったりする。

 絶対遵守できているかというと、決してそういうわけではないが、それでも頭の片隅には常に置いてあったりする。


 ……けどまあ、その結果ぼっちを拗らせたっていうのは笑える話だけど。


 それでも父さんも母さんもそのことについて干渉してこなかったのは、俺がぼっちであったことを全く気にしていなかったのと、教えに沿っていないわけではなかったからだろう。


「うーん……でもやっぱり、これほどの素材を活かさないのは勿体ないわよね」


「それもそうなんですよね。一度はきっちりしたすおーくんも見てみたいなー」


「……あ、そうだ。洗面所に空我さんのヘアワックスがあったはずだから、それを借りてちょっとおめかししてみましょうか。まだ海緒ちゃんとちぃちゃんが帰ってくるまでには時間があるはずだし」


「それナイスアイデアです! そんで二人をびっくりさせちゃいましょ!」


「……ん?」


 なんか話の流れが変わったな。

 二人からにっこりとした笑みを向けられ、冷や汗が流れた。

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