腹ペコギャルと夏休みの計画

 雫が家でデカ盛り料理を完食するのはこれが二度目だ。

 それでもやはり華奢な女の子が大量の飯をペロリと食べてしまう絵面は相当インパクトが強いようで、姉貴も苺花も米粒一つ残さず綺麗に平らげられた皿を前に目を見開いていた。


「分かってはいたけど、本当よく食べるねー」


「雫お姉ちゃん、やっぱりすごい……!」


 そんな二人にえへへ、と雫は嬉しそうに笑う。


「なんたって、すおーくんが作るご飯ですから! マジ美味し過ぎてこれならまだまだ食べれちゃいますよ!」


「あっ、まだいけるんだ……」


「はい!」


 元気に返事して、雫はラッシーの入ったグラスに手を伸ばす。

 より本場っぽさが出るし折角ならとカレーと一緒に作っておいたものだ。


「んー、うまっ! このヨーグルトジュースめちゃスッキリしてて最高!」


「ラッシーな。でも、口に合って何より」


 ふっと笑みを溢せば、雫は少し気恥ずかしそうにして顔を逸らした。


「……雫お姉ちゃん、顔赤いけどどうしたの?」


「ううん、なんでもないよ!」


 けれど、すぐに俺に視線を戻して訊ねてきた。


「そ、そういえば! すおーくんって、夏休みに何するかとか決めてるの?」


「……雑に話題変えてきたな」


「まあまあ、まだ聞いてなかったなーって」


 あはは、と雫は苦笑してから、


「……それで、何か予定立ててたりするの?」


 夏休みの予定、か。

 今のところの予定は——、


「バイト、飯作り、大食い、筋トレ……以上」


 言い終えた瞬間だった。

 俺と雫の間に微妙な沈黙が生まれた。


 ——え、何この空気。


 傍らで姉貴がやれやれと額に手を当てている。

 雫は目を丸くして俺をじっと見つめてから、気まずそうに口を開いた。


「すおーくん。えっと……それ、マ?」


「うん、マジだけど」


「……あ、えっと……うん、そっかあ」


「あの……言いたいことあるなら隠さず言ってくれ。変に気を遣われる方がずっとメンタルにくるから」


 これならドン引かれた方がまだマシというものだ。

 思ったところで、姉貴が盛大にため息を吐いた。


「岳って昔からずっとこうなんだよねー。基本、他人に興味がない上に一人でいることが何の苦にもならない人間だから、見てるこっちが退屈になるような寂しい休みしか送ってきてないんだよ」


「……退屈言うな。つーか、どう過ごそうが俺の勝手だろ」


 ぶっきらぼうに答えると、姉貴が両手でテーブルをドンと叩く。


「いいや、全然よくないね!」


 そのまま勢いよく立ち上がると、反論を飛ばしてくる。


「いやまあ、あんたがどんな風に生活を送ろうがあんたの勝手だから、そこは別に良いんだけどさ。でも、もしあんたのその無味無臭な生活っぷりを苺花のお友達が見た時に『うわあ、苺花ちゃんのお兄さんって友達がいない寂しい人なんだ……』とか言われてみなよ!? そうなった時、恥をかく羽目になるのは苺花なんだよ!」


「いや……流石にそれは妄想が過ぎんだろ」


「まあ、うん。今のは普通に話盛った」


「おい」


「でも変に思われるより『苺花ちゃんのお兄さんカッコいい人だね』って言われた方が苺花にとっても良いのは間違いないでしょ」


「……それは、確かにそうだな」


 俺個人が周りにどう思われようと構わないが、苺花の評判に影響が及ぶなら話は変わってくる。

 少なくとも兄が妹の足を引っ張るなど言語道断だ。


「でしょ! 苺花もどうせならカッコいいお兄ちゃんを紹介したいよね?」


 ね? と姉貴が苺花に視線を走らせれば、苺花は暫し考え込んでから、こくりと頷いてみせた。


「……うん。岳にいが褒められたら、いちかも嬉しいな」


「ほらー!」


 ——なんか上手い具合に話を進められてる気がする。

 掌の上で踊らされているようで少し癪だが、ここは乗るしかなさそうだ。


「……姉貴の言いたいことは分かった。けど、俺にどうしろって言うんだよ。今から何か夏らしい予定立てろと言われても、俺一人じゃどうしようもできないぞ」


「大丈夫、考えはある」


「へえ、珍しくもう案があるのか」


「珍しい言うな。私はいつでも色々考えてるのだよ」


 そう言って、姉貴は雫に向きあうと、パンと両手を合わせて頭を下げた。


「——ごめん、雫ちゃん! 雫ちゃんの予定が空いてる時でいいから、この愚弟をどこか遊びに連れてってくれないかな!?」


「って、雫頼みかよ……!」


「だって、あんた雫ちゃんしか友達いないじゃん」


「うぐっ」


 くそ、普通に痛いところ突きやがって。

 それを言われたら何も言い返せないだろうが……!


「荷物持ちでもなんでも好きにコキ使っていいからさ。この通り、お願い!」


「オッケーです! アタシに任せてください!」


 即答だった。

 答えるや否や、雫は取り出したスマホを操作しながら、


「というわけだから、すおーくん、月末か月初めどっか空いてる日ある?」


「……いいのか?」


「勿論! 元々すおーくんとも予定が合えば遊びたいなとは思ってたし。だからアタシ的には、今の海緒お姉さんの提案はマジ神タイミング的な? あ、他に人いるけどいいよね?」


「一緒にいる奴さえ良ければ、俺はそれで構わないけど」


「大丈夫、大丈夫! すおーくんなら即オッケーしてくれるって。一応、確認とるから、すおーくんも空いてる日確認しておいて」


「……了解」


 答えてから、俺は席を外し、自室に向かう。

 シフト表を回収してすぐにリビングに戻り、現時点ではあるが、シフトが入っていない日を雫に伝える。


「とりあえず……二十九と三十日、あと一日と三日は空いている」


「じゃあ、三十日だね。よかった〜、すおーくんのバイトの日と被ってなくて。それとこっちも確認取れたよ。すおーくんも参加で良いって!」


 ぐっと親指を立ててから、雫は満面の笑みで続ける。


「というわけで……すおーくん、三十日にプールね!」


「プールな、了解。——なるほど、プールかあ……」


 途端、思わず天井を仰いでしまう。


 ——ミスった、これは先に行き先を聞いておくべきだった。


 すると、俺の反応が意外だったようで雫が申し訳なさそうに見つめてくる。


「……あれ、もしかしてプール嫌だった?」


「いや、別に嫌ってわけじゃないんだが——」


「岳、実は極度のカナヅチなんだよね〜」


「……おい、バラすなよ」


「いやいや、隠してもどうせ後でバレんじゃん。だったら今のうちにカミングアウトしといた方が賢明でしょ」


「まあ……それはそうだけど」


 なんでこういう時に限って正論叩きつけてくんだよ……。

 内心で嘆けば、雫がおずおずと俺に言う。


「すおーくん、もしあれだったら無理しないでいいからね。まだ予定の段階だから全然断ってくれても大丈夫だから」


「雫……」


 ——けどまあ、ここまでしてもらって断るわけにもいかないか。


「いいや、折角のお誘いだ。謹んで受けさせてもらうよ」


「えっ、いいの!? 一応確認だけど……無理してないよね」


「全然。泳げなくてもなんかしらの楽しみ方はあるだろ」


 雫達が行くプールだ。恐らく市民プールということはないだろう。

 だったら、食事するスペースがあるだろうし、浅瀬のプールだってあるはずだ。


 最悪、ビーチサイドで荷物番しているだけでもいいし。


 などとつらつらと考えていれば、


「やった!!」


 雫は心の底から嬉しそうに笑ってみせた。

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