青のきみと過ごす夏

腹ペコギャルのための下準備

ちょっと短めです

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 遂に始まった夏休み初日。

 苺花と朝食を済ましてからキッチンで作業をしていれば、寝起きの姉貴が現れて俺を見るなりドン引きした。


「岳くんさ〜、私言ったよね? スパイスを一から調合するところからカレーを作るやつはモテないって」


「……ああ」


「じゃあ、そこに大量に並んでる粉は何なの?」


 少し言い淀んでから、


「——『誰でも本格、手作りカレー粉セット』に入ってたスパイス、二十種類」


 手元に並ぶパックに小分けされた粉を一瞥しながら答えれば、姉貴は頭を抱えて盛大にため息を溢した。

 俺に向ける眼差しは落胆と憐憫がたっぷりと含まれていた。


「うっわー……岳、とうとうそれに手を出しちゃったかー。いつかはやると思っていたけど、でもお姉ちゃんとても悲しいよ……」


「人を犯罪者みたいに言うなっつーの」


 嘆息を漏らしながら、ボウルに全てのスパイスを出していく。

 二十種類もあるから地味に面倒な作業だが、配合を一切考えることなく、ただ開封するだけだからずっと楽だ。


 袋から出していく度にどんどんカレー屋みたいな香りが漂ってきて、内心テンションが上がる。


「……というか、スパイスからカレーを作ろうって最初に考え出したの俺じゃなくて雫だからな」


「あ、そうなの?」


 出したスパイス類をホイッパーでよく混ぜ込みながら首肯する。


「俺は別に普通のカレー粉でも構わなかったんだけどな。けど雫が偶々このセットを見つけて、それでこれを使ったカレーを食いたいって言ったから、要望に答えているだけだ」


「なーんだ。なら、それを早く言ってよー。てっきり岳がそういう男になってしまったって勘違いしちゃったじゃん」


 微塵も悪怯れることなく姉貴はけらけらと笑う。


 ったく、こいつは——、


「……姉貴、また飯抜きにされたいか? 今すぐに」


 言い放った途端、姉貴がかっと目を見開いた。


「はあー!? 岳、あんた! それはマジの反則でしょうが……!」


「だったら弄りの限度を見極めろ。これ以上、スパイスネタで弄ったらガチで飯抜き発令するからな」


「ぐぎぎぎぎ、禁じ手を使いやがって……! この暴君、大食い、元ぼっち!」


「悪口最初の一つだけじゃねえか」


 ——姉貴、意外と罵倒の語彙ねえな。


 肩を竦め、俺は混ぜ込んだスパイス類を油を引いたフライパンに移し替える。

 その様子を眺めていた姉貴は、はたと冷静さを取り戻して訊ねてくる。


「……てかさ、仮に今すぐ飯抜きをやったところでこのカレー食べ切れるの? 粉だけでその多さってことは、最終的には相当な量になるんじゃないの?」


 姉貴の言うことも分からんでもない。


 パックに小分けされている時は分かりづらかったが、いざ出してみると小さなボウル一個分くらいの量にはなったからな。

 実際、説明書にも二十人前分と書かれていたはずだ。


 それと全部使い切る前提で訊いてきたのは、俺がこういうのをストックしないタイプだというのが分かっているからだろう。


 けれど——、


「俺と雫が本気で食えば、一食で食い切れるぞ」


「……ああ、そういえば、雫ちゃんがいるんだった。あの子も岳並みに食べれるもんね」


「そういうことだ。だから、余り物が出るとか思うなよ」


 ここまで釘を刺せば、姉貴の弄りもひとまずは収まるだろう。

 証拠に姉貴は話を変えて来た。


「——そういえば、岳。あんた、雫ちゃんとはどうしたいの?」


 思ったよりも真面目な話題だった。


「……どうしたいって?」


「この先どういう関係でいたいかってこと。詳しいことは分かんないけど、先週学校で色々あったんでしょ。だからこそ、いきなり雫ちゃんを家に連れてきたわけなんだし」


「それは……まあ、そうだけど」


「でしょ。これからも雫ちゃんと仲良くするんだったら、そこら辺じっくり考えなよ。最終的にはあんた次第なんだから」


 じゃあ、私は二度寝するから。

 そう言い残すと、姉貴は冷蔵庫からミネラルウォーターだけ取ってそそくさと自室へと戻って行った。


「——二度寝するからって、もう九時回ってるぞ」


 というか……あんた今、絶賛定期試験中だったはずだろ。

 よくもぬけぬけと二度寝かませるよな。


 苺花は早速もう夏休みの宿題に手をつけているというのに。


「本当、姉妹なのに性格もタイプも全然違えよな……」


 そう呟き、俺はスパイスを炒めるべく、コンロに火を点けた。


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いずれ主人公の趣味やバイト先の話も書ければなーと思ってます。

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