腹ペコギャルとこれからも

 雫を家に連れて帰れば、案の定姉貴に散々揶揄われ、苺花にはとても喜ばれた。

 こうなることは予想がついていたので、姉貴の相手は雫に任せ、俺はそそくさとキッチンに向かい夕食を作ることにした。


 急遽立てた予定だったせいで冷蔵庫にあるもので間に合わせるしかなかったが、材料を見繕った結果、豆腐と牛肉が多めにあったので、すき焼き風の肉豆腐を作ることにした。

 それと適当な具材を入れた味噌汁と小松菜と人参の胡麻和えも合わせた。


「やっぱり、すおーくんの料理うまっ! やっぱり日本人は和食だよね! アタシの四分の三のDNAがそう言ってるから間違いない!」


「ああ、そういやクォーターだったな」


 完成した料理を雫は相変わらず美味そうに食ってくれた。

 ご飯を食べてる時は本当に幸せそうで、それを間近で見れる俺も果報者だと実感させられた。

 ちなみに五合炊いた米は一瞬でなくなった。


 それから暫く姉貴達と歓談した後、雫を駅まで送り、


「じゃあね、すおーくん! また明日ね!」


「ああ、明日な」


 別れ際に大手を振る雫はすっかり元気を取り戻していて、これなら明日も大丈夫だと思った。




   *     *     *




 翌日は本当に大変だった。


 八町の動画を拡散したことで学校から呼び出しを受けて、教頭やら学年主任やら生活指導の先生やらといった錚々たる面々から事情を聴取され、休み時間は全てそれの対応に費やされた。

 おかげで飯を食う暇などなく、おまけにこの日はバイトも入っていたにも関わらず事情聴取が放課後まで押してしまったので、解放された後はその足で急いでバイト先に駆け込み、勤務開始までの僅かな間に弁当を掻き込む破目となった。


 それと動画を拡散したことについて、ギャル友三人共々、教師陣からは、


『こういう問題は、生徒間だけで解決しようとするな。あと今回は内容が内容だから特別に不問とするが、もう二度と同じやり方はすんなよ』


 という旨の大変尤もなお叱りを受けてしまった。

 しかし、被害者である雫の為の行動だったからか口頭注意だけで済んで、それ以外のお咎めは特になかった。


 とはいえ、だ。

 どういう結果であれ、三人を巻き込んでしまったのは事実なわけで。

 そのことを後で謝れば、


「いやいや、悪いのは全部八町たちだから。蘇芳が謝ることじゃないっしょ」


「だよねー。てか、寧ろあたしらが感謝する側じゃない? 蘇芳が雫を助けてくれたわけだし」


「ふむ、確かに。てことで……蘇芳、マジサンキューな」


 俺を気遣ってくれてのことだろうが、そう言ってくれて胸が軽くなった。

 今度、何か三人にお礼をしなければ——なんて考えながら解散したのはいいものの、誰とも連絡先を交換していなかったことを後で思い出した。


 ……まあ、いいや。雫を経由させれば。


 そして、肝心の八町と片桐に関してだが、結果から言うと二人ともその日のうちに停学処分となった。

 ただし、片桐は期間が一週間と軽めなのに対して、八町は無期限且つサッカー部の強制退部と処分の重さが大分異なっていたみたいだが。


 二人の処分が異なるのは、恐らく出揃った証拠の量が違うからだろう。

 実際、片桐はラブホの利用がバレただけだしな。


 ——まあでも、学校から下された処分が軽かっただけで、全然ただでは済んでいないけど。


 何せ片桐の本性が学校の人間に知られてしまったんだ。

 仮に停学が明けたところで、評判が地に落ちている状態で学校に来れるかどうかはまた別の話だ。


 逆に八町の処分は、かなり重めとなった。

 八町の場合、ホテル利用に加えて雫へのやらかしが色々重なっていたからな。

 それでも雫や学校の意向もあって警察が介入したり、退学処分にならなかっただけ寛大な措置だったといえよう。


 これが今回の一件の顛末だ。


 あのゲリラ豪雨から始まった諸々の因縁にようやく決着が着いたが、余韻に浸る間もなくバイトに明け暮れることになる。

 三連休であることに加え、デカ盛りラーメンが話題になってきたこともあって、一息つく間もないほどにクソ忙しかった。




   *     *     *




 連休が明け、一学期最終日。

 教室に入り、自分の席についてすぐ、雫がにこにこと俺の元へやってきた。


「あーっ! すおーくん、おは〜!」


「おう、おはよ」


 短く応えれば、


「反応うすっ! もうちょっとリアクションしろしー!」


 言って、肘で肩をぐりぐりと小突かれる。

 やっぱり地味に痛い。


 ——気のせいか、妙にテンションが高いな。


「……やけに上機嫌だな。なんか良いことでもあったか?」


「ん〜……えへへ、内緒っ!」


 にかっと満面の笑みで雫が答えた時だ。


「久しぶりに蘇芳に会えて嬉しいんでしょ。連休明けだし」


「ちょっ、沙羽……!!」


「だよね〜。さっきからなんかそわそわしてたし」


「って、夏希までなんなの!?」


「雫ー、がんばえー」


「梨乃亜は何のエールなの、それ」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ四人のやりとりを眺めて、なんだか微笑ましくなる。

 もう八町の禍根は残されていないのだと強く実感する。


 ——これでもう雫は、自由なんだな。


 なんて思ったところで、はたと周囲の男子の視線が雫に向けられていることに気が付く。

 まあ、これは今に始まった話ではないのだが……改めて認識すると、なんだか胸の奥がもやっとしてくる。

 けれど、込み上げそうになった感情を頭を振って掻き消す。


 まだ、この感情が何なのかを理解するのは早い気がする。


 そう自分に言い聞かせ、俺は外に顔を向ける。

 澄み渡る青空——開け放たれた窓からは、夏の匂いを含んだ風が吹き込んでくる。

 吹き抜ける風を浴びて、ふいに今日が関東の梅雨明けだということ思い出す。


 ようやく雨の季節は終わった。

 代わりにこれからはうだるような日差しに照らされる日々が続くのだと思うと、少し辟易しそうになる。


 でも、同じくらい悪くないと思う自分がいるのもまた事実だ。


 そのまま暫く外を眺めていれば、雫が俺の名前を呼んだ。


「ねえねえ、すおーくん! 今度、皆んなですおーくんのバイト先に遊びに行っていい?」


「……別にいいけど、何も面白いことはできねえぞ」


「いいっていいって! すおーくんが働いているところを遠くからにまにましながら眺めるだけだし!」


「ああ、なるほどな。なら、やっぱナシで」


「えーっ! まあ、そう言われても普通に押しかけるんだけど!」


 夏の空のような笑顔で雫は言う。


 きっとこの夏は、いつもと違うものになるだろう。


 漠然と思いながら、俺は彼女に小さく笑い返した。




————————————


ここまで拙作にお付き合いいただき誠にありがとうございました。

これにて本編は完結となりますが、小説の連載自体はまだ続けます。

ポケ○ンでいう殿堂入りを果たしたようなものだと思っていただければ結構です。


ちょっとした息抜きに書き始めた小説ですが、まさかここまで沢山の人に読んでいただけただけでなくランキングの自己ベストも大幅に更新できて驚いています。

改めてこの場を借りて感謝申し上げます。


ぶっちゃけ更新頻度だけでランキングを押し上げたような本作ですが、ここまで止まらずに書き切れたのは、ひとえに応援コメントやレビューが励みになってたからだと思っています。

実際、7話目くらいからは書き溜めなしで書いてたので本当に力になりました!


・主人公かっこいい

・ヒロインちゃんかわいい


特にこの二つのコメントは本当に嬉しかったです。


続きに関してですが、先に言っておくと、ざまぁは九割九分もうやらないです。

というのも、ここから先は実質アフターストーリーのようなものだと考えているので、ざまぁ要素は進行のノイズになりかねないし、もう不要かなーと思っている次第です。

もしざまぁを期待されている方がいらしたら申し訳ございません。


それと更新頻度も一日一話投稿にすると思います。

モチベーションが上がったりしたらその限りではないのですが、それでもお付き合いいただければ幸いです。


改めまして、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。

そしてこれからもお付き合いいただけると嬉しいです。


あと最後に。

デカ盛り料理男子と腹ペコギャルはいいぞ。

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