頑張ったきみに
昼更新です
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教室に戻れば、ギャル三人が雫を取り囲んでいた。
三浦が背中をさすり、笹本が頭を優しく撫でている。
それから、雫に正対する形で様子を見守っていた鈴木が真っ先に俺に気づいた。
「——あ、戻ってきた」
途端、真っ先に雫が振り向く。
青い瞳には、大粒の涙が滲んでいた。
あんな真相を知ってしまったんだ。
こうなるのも無理はない。
無理はないけど——また胸の奥に刃物で刺されたような鋭い痛みが走る。
出来ることならもう二度と味わいたくないと思っていた感覚。
それを顔に出さないように押し殺して彼女の元へと歩み寄る。
「……終わったぞ」
微笑みながら雫に預かっていたスマホを差し出せば、
「うん」
雫も柔らかな笑みを湛えて、受け取ってみせる。
けれど、ぽろぽろと目尻から溢れた涙が頬を伝っている。
「悪かった、櫛名にとって辛いことを聞かせちまって」
「……ううん、だいじょーぶ。すおーくんがアタシの代わりに怒ってくれたから。それだけでもう十分過ぎるくらい救われたよ。——ありがと、すおーくん」
にこりと満面の笑みを浮かべる雫。
それがとてもこそばゆく感じて、思わず顔を逸らしてしまう。
「どういたしまして。つっても、キレたのは別にお前の為ってわけじゃなかったんだけどな……」
「あれれ、蘇芳……もしかして照れてる〜?」
「照れてねえ」
「照れてんじゃーん」
依然、雫の頭を撫でつつ笹本が楽しそうに笑って言うと、その隣で三浦と鈴木がうんうんと頷く。
「てか、蘇芳。アンタ、めっちゃ熱いもの持ってんじゃん。さっき八町にブチギレた時、ウチちょっと感動しちゃったんだけど」
「マジそれのそれ〜。……うん、これはちょっとヤバいかも。前に沙羽が言っていたことの意味が今分かった気がする」
二人が冗談っぽく言うと、雫がじっと二人を見つめだす。
すると、三浦も鈴木も困ったような笑顔で両手を上げだした。
傍らで笹本も同様の表情を浮かべると、ようやく雫の頭を撫でる手を止めて荷物をまとめ出した。
「それじゃあ、あたしらはここら辺でお暇させてもらおうかな。そういうわけだから蘇芳、雫のことはよろしく頼むよ」
「あ、ああ……」
俺が頷いた直後には、笹本は三浦と鈴木を引き連れて教室を後にしていた。
三人が去っていくのを見送ってから、俺は一つ呼吸を整える。
教室は閑散とし、廊下からも人の気配は一切感じられない。
——ここにいるのは、俺と雫の二人だけだ。
隣の席に腰を下ろし、雫と向き合う。
「——雫」
呼び掛ければ、雫はへにゃりと笑ってこちらを見る。
まだ涙が流れているが、見ているだけで心が安らぐような穏やかな表情だった。
「ん、なーに?」
「ああ、えっと——」
上手く言葉が出てこない。
自分から呼んでおいて、何を話そうか全く考えていなかったせいだ。
——馬鹿だろ、俺。
(ああ、くそ……)
だけど、それを悟られないように必死に思考を回す。
どうにか振り絞った言葉を声に出す。
「……頑張ったな」
しかし、突拍子もない発言だったせいで、雫は不思議そうに小首を傾げる。
「どしたの、急に?」
「いや、なんというか……よくここまで来れたなって思って。ほら、バイト先にずぶ濡れで来た時の雫は目も当てられない状況だったから——」
どうにか言葉を取り繕うと試みるも、言えば言うほどボロが出てくるような気がして、素直に頭を下げることにした。
「……すまん、つい口走って名前を呼んでしまっただけだ」
すると、雫はぽかんと俺を見つめ、何度か目を瞬かせてから、
「何それ」
呟き、ぷっ、と小さく吹き出した。
「アハハ、名前呼んだだけとかマジウケる! ヤバッ、おもしろ過ぎて涙引っこんだわ!」
「……笑い過ぎだろ」
「ごめんごめん……! でも、マジでおもしろ過ぎて……すおーくんがこんなこと言うイメージがないから余計に……! ヤバ、ちょっとツボりそう……!!」
——数秒前の自分をぶん殴ってやりてえ。
額を手のひらで抑えて、本気でそう思う。
けれど、笑われても嫌な気にはならなかった。
羞恥心のあまりどっかに頭をぶつけたい衝動に駆られ、ぐっと堪え、もう一度雫を見遣る。
目元は赤く腫れ、真っ白な頬には涙の跡がくっきりと残っているが、表情は雨上がりの空のように晴々としていた。
雫は数十秒かけてやっと笑いを収めると、俺に身体を向けてくる。
「はぁ……久しぶりにこんなに笑っちゃった」
「……それはそれはどういたしまして」
「もう、拗ねないでよー。すおーくんのおかげで元気出たのはホントなんだし」
言って、雫は俺に頭を差し出してくる。
「……何?」
「すおーくん、さっき言ったじゃん。アタシ、頑張ったんでしょ? じゃあ、ご褒美をちょうだいよ」
「それは構わないけど……でも、何すればいいんだ?」
「……なでて」
短い返答。
頭を差し出した状態のまま、雫はほんのりと頬を赤くして、
「頑張ったご褒美になでてよ。さっき夏希がやってたみたいに」
「……それでいいのか?」
「それがいいの。ほら、はーやーくー」
即答され、俺は天井を仰ぐ。
(……まあ、いいか)
雫がそれをご所望というのなら、それに応えるだけだ。
不埒な考えを頭の片隅に追いやってから、俺は徐に手を伸ばし、雫の頭に手のひらを乗せる。
そのまま艶やかな白金色の髪ごとわしゃわしゃと撫でれば、
「ちょっとー、そのなで方、犬にやる感じみたいなんだけどー」
「あ、悪い。もうちょっと優しくする」
「……ううん、このままでいいよ。こっちの方がすおーくんって感じするから」
「なんだそりゃ」
言っている意味はよく分からないが、ご満悦そうにしてるし別にいいか。
ていうか……マジで犬みたいに嬉しそうにしてるな。
思いつつ、一頻り雫の頭を撫で回してから、俺は口をつくように訊ねる。
「……なあ、雫」
「なーに?」
「昨日、今すぐ答えを出さなくていいなんて言ったけど……今日は、俺の家で飯食ってくか?」
すると、雫はバッと俺を見上げ、にっこりと笑いながら答えた。
「——うん!」
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