許すつもりはない

諸事情で朝投稿です

いつも通り昼にも投稿できるよう頑張ります

————————————


 勿論、スマホの向こうにいるのは三浦一人ではない。

 笹本も鈴木も——雫も会話を聞いている。

 もしかしたら近くに他の人間もいるかもな。


 みるみる八町の顔が蒼白になる。

 ようやくやらかした事の重大さに気づいたようだが、もう遅い。


「てめえ、騙しやがったな……!」


「お互い様だろ。ていうか、前にも言ったじゃねえか。同じ穴の狢だって」


 雫のスマホをしまいながら、


「八町。なんで俺が動画の削除を餌にしてまで、お前と櫛名の過去を訊こうとしたか理由がわかるか?」


 返答はない。

 ただ血の気の引いた顔で俺を睨めつけるだけ。


「見極めたかったんだよ。上から目線になるようだけど、お前らに酌量の余地があるかどうか」


「……その言い方だと、事情があったら許したとでも言うのか?」


「んなわけねえだろ。俺はハナからお前を許すつもりなんか毛頭ねえよ」


 もうお前はとっくに最後の一線を超えているんだから。


 それでも八町が許されていたのは、ひとえに雫の慈悲に過ぎない。

 なのに、こいつはそれを踏み躙ったんだ。もう何の躊躇いもない。


「だったら、何を見極めるつもりだったんだよ……!?」


「どこまでやるか、だ。場合によっては、告発するのはお前一人だけにするつもりだった。……でも、さっきの会話でようやく踏ん切りがついた」


 区切って、今度は俺自身のスマホを取り出す。

 別フォルダに隠していた動画データを探し出し、それを八町に再生した状態で見せつける。


 瞬間、ただでさえ青くなっていた八町の顔がより酷くなる。


「そ、それは……!!」


「誰が証拠の動画はさっきのやつだけだと言った? 当然、こっちも持ってるに決まってんだろうが。お前と片桐が浮気してるって証拠をな」


 俺のスマホの画面に映し出されているのは、八町と片桐が仲良くホテルから出て駅に向かう時の動画。

 言い訳しようのない証拠映像——俺が最初から手にしていたジョーカー。


「……それでまた揺さぶりをかけるつもりか?」


「いいや。もう揺さぶりも交渉も必要ない」


「どういうことだ?」


「すぐに分かる」


 こっちに関しては、場合に応じて手心を加えるつもりだった。

 ちょっとした出来心からやったものであれば、事実関係だけ広めて終わらせるつもりだったが、残念ながらそうはならなかったようだ。


 無言のまま対峙してから程なくして、スマホの着信が鳴る。

 最初の一件を皮切りに、大量に。


 ——八町のスマホから。


「もうばら撒いた。さっき、お前が消去した動画含めてな。俺がこの件に触れたら拡散するように頼んでおいた。今、お前に届いてるメッセージの大半は真偽の確認じゃねえのか?」


 またも返事はない。

 今度は俯いてわなわなと震えている。


「バックアップがあったのかよ……」


「あるに決まってんだろ。こんな強力な手札を捨てるなんてあり得ない。逆になんで俺のスマホからデータを消せば安心できると思った?」


 言いながら俺も階段を降り、八町をすぐに追い越す。

 踊り場まで移動し、後ろを振り向く。


「お前がべらべらと喋らなければ、片桐はここまで巻き込まれずに済んだ。ただ、彼女がいる男を寝取っただけの悪い奴だって話で片付いた。だけど……お前ら、共謀してたろ。二人で櫛名を陥れようとしてただろ」


 さっきの話の流れからして、八町が雫に貢がせた金の一部は、片桐にも流れていたと考えるのが自然だろう。

 そうでなければ、後から雫と付き合うことを認め、それを周囲に触れ回ることを許す理由がない。


「だ、だとしても……!」


 威勢を吹き返して、八町が叫ぶ。


「今回の件に理佳は関係ないじゃねえか! それなのに、あいつにも被害を及ばせるとかあり得ねえ! こんなの理不尽だ!」


「理不尽……?」


 その言葉を聞いた途端、気味の悪い激情が心臓から吹き出す。

 ずっと抑えていた感情が剥き出しになる。


「……誰が——」


「あ゙?」


「誰が一番理不尽な目に遭ったと思ってんだよ!? 他の誰でもない。櫛名だろうが! 好意をダシに搾取されて、裏切られて、何度も傷ついて……それらを無視して、何でお前らがのうのうと被害者ヅラしてんだよ!!」


 腹の底から叫び、俺は壁に拳を思い切り叩きつける。


 ここまでの怒りに駆り立てられるのは、あの雨の日以来だ。

 それでも八町本人に手を出さない理性は辛うじて残っていた。


 大きく息を吐き出す。

 少しずつ激昂した感情を腹の中に収めていく。


 俺がそんなことをしている間にも、八町のスマホは着信音を鳴らし続けている。

 けれど、八町は一言も発することなく、呆然とただそこに突っ立っていた。


「……ともかく、これでお前の不始末は全て明るみになった」


 ようやく落ち着きを取り戻してから、俺はゆっくりと階段を降り始める。


 俺の役目はここまでだ。

 これ以上やると、本当にただの私刑になってしまう。


 ——もう今更な気はするけどな。


 いずれにせよ後の判断は、いずれこの話題を把握した学校が下すだろう。

 などと考えつつ、俺は最後に八町に言い残す。


「それじゃあ、これで話は終わりだ。じゃあな、間抜け」


 さっき俺に言ったことをそっくりそのまま。

 三浦との通話を切断し、俺はこの場を後にした。


————————————

感想はまとめて返します

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る