真相と真意
八町の態度を受けて、俺はまず一つ目の質問をぶつける。
「どうして中学の時、孤立していた櫛名を救った?」
雫は言っていた。
転校したばかりの頃は、かなり刺々しい性格をしていたと。
そんな奴と自分から関わりを持って、更には懐柔するとなると、何かしらの理由があるはずだ。
単なる善意なのか、それとも——
「金だよ」
八町は短く、
「俺が雫に近づいたのは、あいつの家が金を持ってたからだ」
「……金」
想定外の答え——ではなかった。
頭の片隅に留める程度ではあるが、その可能性は考慮していた。
——心当たりは幾つかあったから。
「お前、知ってるか? あいつの母親が何の仕事してるか」
「さあな。世界中飛び回ってるとは聞いたことはあるけど」
「元モデルでアパレルブランドの社長だよ。それも世界的に有名なブランドのな」
(……ああ、なるほどな)
何となくではあるけど、話の流れが読めてきた。
「……つまり、孤立から助けるって大きな恩を売って、その見返りに金を貢がせようってしたわけか」
「ご明察。雫を懐柔させるのは相当骨が折れたけど、想像以上に上手くいったよ。あいつ最初は一匹狼気取ってたくせに、付き合ってからは笑えるくらいマジでチョロくなってよ。俺が言えば何でも貢いでくれたよ。デート代も俺が個人的に遊ぶ金も何もかもな。マジ最高に都合の良い女だったよ、雫は」
一頻り笑ってから、八町は更に続ける。
「唯一残念だったのは、あいつが最後までヤらせてくれなかったことくらいか。最後の最後はてめえに邪魔されたしな。でもまあ、迫れば代わりにもっと貢いでくれたから悪くなかったけどな」
(……クソ、そういうことだったのかよ)
ふと思い出すのは、雫とラーメンのお礼にと外食した時の記憶。
あの時、雫は自分に出来るのはこれくらいしかないと、決して安くない料金を全て払おうとしていた。
——まさかその原因がこいつにあったとはな。
「……下衆野郎が」
不快さのあまり自然と口をついていた。
けれど、八町は意に介することなく俺を嘲笑う。
「はっ、よく言うぜ。どうせてめえも雫に貢がせてる口だろ。信頼した人間なら簡単に貢ぐしな、あいつ。……あ、それか代わりにあいつのことを食ったか。あの状況で迫れば、流石の雫でも体を許すだろ。ったく、お前も悪い男だなあ!」
「勝手に決めつけんじゃねえよ。そもそも櫛名とは付き合ってないし」
直後、八町が愕然とした。
「……は?」
大きなため息と一緒に、マジかこいつ、と言わんばかりに呆れた眼差しを俺に向けてくる。
「うーわ、意味分かんな。じゃあ、なんでそこまでして出しゃばるんだよ。金でも体でもないなら、お前は一体雫に何を望んでるんだよ」
「別に何も望んでねえよ。つーか、なんで見返りを求める必要があるんだよ。友達が大変な目に遭ってるから助ける。理由なんてそれで十分じゃねえか」
「……ふーん、友達、ねえ」
呟いてから、八町はくつくつと喉を鳴らす。
小さな笑いはだんだんと大きくなり、最終的には腹を抱えて大笑いしだした。
「友達! 友達って……マジかよ、お前! ヒーロー気取りとか馬鹿ウケるわ! そんなくだらねえ綺麗事の為だけに雫に手を出さないとかマジもんのアホだろ。あいつギャルだけど、金もあって顔も体も一級品なのによ」
天井を見上げて、肺の中の空気を一気に吐き出す。
——怒りを抑えろ。
——一時の感情に振り回されるな。
自分に言い聞かせ、努めて平静を装い口を開く。
「ヒーローなんて大層なもんじゃねえよ。……まあいい、二つ目の質問だ」
これ以上、感情的にならないためにも話を変える。
それに俺にとっては、こっちの方が重要な質問だ。
「どうしてそんな都合の良い彼女がいたのに片桐に手を出したんだ」
全てが拗れた原因はそこにある。
これが無ければ、俺たちの状況は大きく異なっていた。
「てめえ、一つ勘違いしてるな」
「勘違い? まさか向こうから誘惑したからノーカンとでも言いたいのか」
「違えよ。最初から俺の本命は理佳だっつってんだよ。雫はあくまで理佳とのデート代を得るためのATMだ」
本気で頭を抱えたくなった。
そして、あまりある一つの答えに辿り着いてしまう。
現実味がないから考慮すらしていなかった答えに。
もしかして、こいつらって——、
「一応訊くけど、いつから付き合ってたんだ?」
「中二の夏からだけど」
悪怯れることなく言い退ける八町。
あまりに最低な発言内容と事実に言葉を失った。
(やっぱり、そうだったのかよ……)
経緯は訊く気にはなれなかった。
というか、どうでもいい。
大切なのは過程ではなく事実と結果だ。
そして——今、ようやく答えは得た。
(ああ、これで——)
「……よく分かった。約束だ、自由に消せ」
言って、スマホを差し出せば、八町は奪うように受け取る。
それから動画データを完全消去してから返却した。
「ほらよ。すっかりデータは消えたぜ。もう証拠は残ってない」
「……みたいだな。じゃあ、約束だ。櫛名に流れている噂はお前が止めろよ」
しかし——、
「——は、なんで?」
八町は俺に冷めた眼差しを向け、
「馬鹿だろ、お前。ただの興味本位の為に折角の証拠を手放すなんて。しかも、ガチで消させるとかアホ過ぎだっつーの! 約束? 守るわけねえだろ」
勝ち誇ったような嘲笑を浮かべてみせた。
「……騙したのか?」
「人聞きが悪いな。お前が勝手に思い違いして話を進めただけだろ」
そう吐き捨て、八町は俺を押し退ける。
「じゃあな、間抜け。証拠がないならもう何言っても無駄だろ。たとえ真相を知ったとしても、発言力のないお前がどうこうできるわけないしな」
「……その通りだ。俺個人に発言力はない」
「だろ。それじゃあ、これで話は終わりだ。じゃあな、間抜け」
最後に言い残して階段を降りていく八町。
その背中に向かって、
「——
言い放つ。
怪訝な顔で振り返る八町に俺は、ポケットに入れていたもう一つのスマホを見せつける。
「それは……!?」
「だから、発言力を持つ奴に聞いてもらった」
これは教室を出る前に預かっていた
そして、画面には三浦との通話画面が映し出されていた。
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