元カレとの対峙

 次の日の朝、HR前に八町のいる教室に赴くと、八町は何人かの女子に囲まれていた。


「八町君、再来週のインターハイ頑張ってね! レギュラーなんでしょ!?」


「今のうちにサイン貰っちゃおうかなー!」


「活躍できたら、何かご褒美あげるよ!」


 雫と別れて以降、あんな感じに八町に言い寄る女子が増えたという。


 でもまあ、当然といえば当然か。

 櫛名雫という最大最強の障害がいなくなったんだ。

 現在絶賛フリーのイケメン男子を狙うのも当然だろう。


 ——本当はフリーどころかノーチャンスなんだけど。


 見ているだけで込み上げる苛立ちを抑えつつ、俺は教室に足を踏み入れる。

 周囲から胡乱な視線を浴びながら机をかき分け、真っ直ぐと八町の元に向かい、一方的に口を開く。


「——八町」


「……あ゙?」


 怒気を含んだような低い声。

 しかし、俺の目を見た途端——、


「てめえは……!?」


 俺が誰かに気づく。

 僅かに焦りの表情が窺えた。


「サシで話したいことがある。放課後、ちょっと付き合え」


「は? 意味分かんな。いきなりそんなこと言われて『はい、分かりました』って頷くやつがどこに——」


「……なら、仕方ないな。今、ここで——」


 言いながら、ポケットからスマホを取り出せば、


「……チッ、うぜえな」


 八町は忌々しげに舌打ちをしてから、渋々了承した。

 意外な反応に周りの人間は訝しんでいたようだが、八町の一声でたちまちその気配は霧散した。


「放課後、第三校舎の屋上前だ。来なかったら、分かってるよな?」


 八町は無言で俺を睨み返す。

 それと周囲から向けられる眼差しも似たようなものだった。


 ——これじゃあ、俺の方がヒールみたいだな。

 まあ、実際ヒール同然のことをやるんだけど。


 思いつつ、俺は踵を返す。

 用件は伝えた。もうここにいる必要はない。


 ……でも、別にそれで構わない。

 俺は元々ヒーローなんて柄じゃないしな。


 俺にできるのは、精々身近な人の為に動くことくらいだ。

 だから、今日で全部にケリを付ける。

 どれだけ外道なことをしても。


 改めて決意を固め、俺は足早に自分の教室に戻った。


「——蘇芳、どうだった?」


 席について最初に声を掛けてきたのは三浦だった。

 雫は笹本と鈴木の陰からこっそりと顔を覗かせている。


「誘い出しには成功した。後は放課後に話をするだけだ」


「……いよいよ、か。でもさ、なんでわざわざ場を設けてまで八町と話をする必要があんの? 事実を周りに言うだけでも十分じゃね? ウチらが証人になるし、信憑性は十分保証できると思うんだけど」


 三浦の疑問も尤もだ。

 もうやると決めたのだから、足踏みする必要などどこにもない。


 だけど——、


「その前に一つ確かめたいことがある。行動に移すのはそれからだ」


「それって……雫の疑惑をいち早く晴らすことよりも大事なことなの?」


「よりではないけど……でも、同じくらい大事なことだ」


 雫を見遣り、強く頷く。


 昨日、雫には八町との過去など興味ないとは言った。

 それでも俺は、知らなければならない。


 ——今を進めるために。


 不思議そうにこっちを見つめる雫を横目に俺はそう思う。






 放課後、雫達と最終確認を済ませてから、教室を出ようとして、


「——すおーくん」


 雫に呼び止められる。

 振り向けば、雫は悲壮な笑顔で一言。


「いってらっしゃい」


「……ああ」


 片手で応え、俺は今度こそ教室を後にする。


 少しだけ、やらなきゃという思いが強くなった。


 その足でまっすぐ第三校舎屋上前の階段に向かう。

 程なくして辿り着くも、人の気配はない。

 まだ八町は来ていないようだった。


 ひとまず屋上に続くドアの前で待機する。

 ドアに取り付けられた窓から西日が差し込んでいるが若干薄暗い。

 なので、扉のすぐ近くで待っていれば、数分とせず八町が姿を現した。


「……約束通りちゃんと来たか」


「チッ、脅しておいてよく言うぜ。……で、話ってなんだ? さっさと要件を言えよ。こっちは部活に行かねえといけねえんだからよ」


 憮然とした態度で八町は言う。

 俺も無駄話をするつもりは一切ないので、早速本題から入る。


「櫛名に流れてる噂を止めろ」


「はあ? なんで俺がそんなことしなきゃならねえんだよ。たかが噂だろ。放っておけば、じきに収まるだろ」


「噂が拡大したのは、放置したお前の責任だろ」


「言いがかりはよせよ。つーか、噂が広まった原因はてめえの存在にこそあんじゃねえの? ほら、よく言うだろ。火のないところに何とやらって」


 言って、八町は俺を鼻で笑う。

 完全に舐め腐った態度にほんの微かな憤りを覚えるも、正直それより、だろうなという得心の方が強かった。


「……まあ、否定はしない。確かに俺がノイズになっていることは事実だ」


「だろ。じゃあ、話はこれで終わり——」


「——でも、それとこれとは話が別だ。適当言って誤魔化すなよ」


 俺はスマホを取り出し、


「忘れてないよな。俺はお前の弱みを握っていることを」


 雫とホテルに連れこもうとする動画を見せつける。

 そうすれば一転、八町の顔が強張りだす。


「お前がここで噂を止めると誓って、ちゃんと実行すれば、この動画はばら撒かないでおいてやる。けど、断ったりこの場限りの嘘をつこうものなら、即刻これを拡散する」


 八町は怒りで顔を歪ませ、俺を睨む。

 拳が強く握りしめられている。


「……でもまあ、俺もそこまで鬼じゃない。もう一つの条件を飲めば、動画のデータを消すことを考えてやってもいい」


 途端、八町の目が大きく見開いた。

 ——食いついた。


「その条件ってなんだ」


「中学の頃、どうして孤立していた櫛名を助けたのか、にも関わらずどうして片桐と浮気をしたのか、その理由を洗いざらい教えろ」


「……どうしてんなこと訊こうとすんだよ」


「ただの興味本位だよ。でも、それでもう脅されなくて済むと思えば悪くない話なんじゃねえの? ここには人が来ないから、誰かに話を聞かれることもない。だから、腹を割って話そうぜ」


 言えば、八町は逡巡してから、


「——いいぜ、話してやるよ」


 ニヒルな笑みを浮かべて頷いてみせた。


————————————

長くなるので分割します。

ちゃんとざまぁはします()

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