腹ペコギャルの恩返し
放課後、俺は櫛名の指定通りに駅に足を運んでいた。
現在の時刻は十七時五十分。
約束の時間まではまだ幾らか余裕があるが、別にやることもないので早めに足を運んでいた。
……にしても、なんで六時集合なんだ。
現地集合するにしても、もっと早い時間にできただろうに。
その理由を訊こうにもあれ以降、櫛名と話せずじまいだったし、放課後になったら速攻で教室を出て行かれたので、未だ彼女の意図を汲み取れずにいる。
結局、これから何をするのか分からないまま適当に時間を潰していると、こっちに向かってくる金髪少女の姿が見えた。
——相変わらずどこにいても目立つな。
薄暗がりの中でも、一目で櫛名だと判別がつく。
向こうが俺だと分かるように軽く手を挙げてみせるも、それよりも一瞬早く櫛名は嬉々とした様子でこちらに駆け寄ってきた。
「すおーくん、お待たせー! 待った?」
「いや、大しては待ってない」
「そこは今来たとこって言えし」
脇腹を肘で軽く小突かれる。
笑っているので本気の注意ってわけではなさそうだが……次があれば、返答には気をつけるとしよう。
「——って、そうだ。ねえ、すおーくん。見て見て!」
言いながら、櫛名はポケットからスマホを取り出す。
「じゃーん! 新しいスマホ! さっき新しいのに替えてきたんだ!」
「……ああ、そういえば今日スマホを替えるとか言ってたな。良かったな、無事に新しいのにできて」
集合をこの時間にしたのは、先に携帯ショップに寄るためだったからか。
ようやく腑に落ちる。
「それで、これからどうするんだ?」
訊ねると、何故か櫛名はため息混じりに俺へジト目を向けてきた。
「……何?」
「すおーくんって、興味ないことに対しては本当に希薄な反応だよね。お昼にも言ったけど、マジその塩対応直した方がいいよ。……でもまあ、そこがすおーくんのある意味で良いところでもあるか」
やれやれと肩を竦めながら櫛名は、駅の中へと歩いていく。
「それじゃあ、行くよ! すおーくん!」
「行くって、どこに……」
「それは着いてからのお楽しみ!」
そして、にしし、とイタズラっぽい笑みを浮かべてみせた。
* * *
「お待たせしました。こちらトリプルインパクトハンバーグになりまーす」
「うわ、すげえな……」
ウェイトレスが苦笑を浮かべながら差し出してきたのは、熱々の鉄皿に乗せられた重量感満載のハンバーグセットだった。
メインは一個四百グラムのハンバーグが三つ、それぞれに目玉焼きとチーズと大根おろしがトッピングされている。
あまりの迫力に付け合わせとして添えられたミックスベジタブルとフライドポテト、それと大根のサラダとオニオンスープのサイズが可愛らしく思えてくる。多分、実際には並よりも多く盛られているだろうけど。
更に文字通りの山盛りにされたライスの量が凄まじく、人によっては見ているだけで満腹になりそうな一品となっていた。
櫛名に連れられて訪れたのは、数駅離れた繁華街にあるハンバーグレストランだった。どうやら昼と土曜のお礼に夕飯を奢ってくれるとのことらしい。
メニューを見た時点で察したが、どうやらデカ盛りが名物のようで、店の奥にある壁には恐らく大食い界隈で名を馳せているであろう人物のサイン色紙がずらりと並んでいた。
「うひゃあ、やっと来た〜! 食べよ食べよ!」
そして、テーブルの向かい上面——櫛名の前にも全く同じ料理が置かれている。
だからだろうな。
さっきウェイトレスがマジかと言わんばかりに苦笑いしていたのは。
でも、当然の反応ではあるとは思う。
俺はともかくとして、櫛名のような華奢な女の子までもが総重量二キロ近くはあるであろう料理を食おうとしているのだから。
もし、バイト先で高校生男女が別々でチャレンジメニューに挑もうとすれば、俺だって似たような反応をするだろう。
「いただきます」
きちんと両手を合わせてから、櫛名はステンレス製の小さな容器に入った和風ソースをハンバーグ全体に回しかけ、早速一口頬張る。
「ん〜! うっまー! やっぱりこれだよね〜!」
幸福感たっぷりの笑顔。
見ていると胸の奥が温かくなってくるようだ。
「あ、すおーくんも遠慮せずに食べてね。今日はアタシの奢りだからさ」
「……お、おう」
言われて俺も櫛名に倣ってソースをハンバーグに回しかけ、一口大に切り分けたハンバーグを口に運んでみる。
「うま」
途端、牛肉の肉肉しい旨味が口いっぱいに広がる。
肉に纏った和風ソースの程よい甘塩っぱさがより旨さを強調させ、食欲を駆り立てる。思わずライスを口一杯に掻き込んでしまう。
そんな俺の一連の動作を見て、櫛名がどこか誇らしげに笑ってみせる。
「でしょ、超ウマいっしょ!」
「ああ、世辞抜きで美味い。これなら、あれだけサインが並ぶのも納得だ」
つっても、辛うじてテレビによく出てる大食いタレントが分かるくらいで、残りの殆どは知らない名前だけど。
「……で、なんで俺もこれなんだ?」
食べ進めながら、俺は櫛名に改めて訊ねる。
そもそもだが、この品にしたのは俺の意思というわけではない。
櫛名が「すおーくんもこれにしようよ、ね? ね!?」と、物凄い圧で促された結果、同じメニューを注文したまでだ。
頼む際にも理由を訊こうとしたのだが、いいからいいから、と半ばゴリ押しされる感じではぐらかされてしまっていた。
「普通の人だとこれ完食できねえだろ」
「んー、まあ、そだね。……でも、すおーくんなら食べれるっしょ」
「……なんでそう思う?」
「お昼のお弁当、あれどう見てもたくさん食べれる人のやつじゃん。運動部でもないのにあれがデフォな時点で普通の人ではないと思うけど」
最もな指摘に言葉が詰まる。
確かにあれを見られて尚、人並み程度にしか食えないです、なんて白を切るのは無理があるか。
「で、どうなの? 実際、かなり食べれるでしょ」
「……まあな」
別に隠す必要もないので、素直に首肯する。
自分でいうのもどうかと思うが、フードファイターには及ばないにしろ、俺は大食い側の人間ではあると自負している。
昼飯もあれがいつもの量だし、その気になればもっと食うことだってできる。
それこそバイト先のチャレンジメニューであるデラックスギガチャーシュー麺もちゃんと完食できる。というか、あれの量と制限時間は、俺が実際に食ってみて設定したものだ。
だからまあ、このハンバーグセットであれば俺も全部食える。
「ほら、やっぱり!」
「でも、だからって同じメニューにする必要はない気がするんだ——」
「ある! ぜ〜ったいある!」
俺が言い切るよりも先に櫛名が反論する。
「だって、美味しいものは一緒に食べて共有したいじゃんか! それもアタシと同じくらい食べれる人なら尚更ね!」
「ふーん、そういうもんか」
「そういうもんだよ。……それにさ、お昼にすおーくんのお弁当分けてもらったでしょ? あの時、美味しかったから思わずおかず全部食べ切っちゃったけど、そのせいですおーくん、お米だけを食べるはめになっちゃったんじゃないかー、って後になって気づいて……だから、その分の埋め合わせもしたかったんだ」
だんだんしおらしくなっていく櫛名がおかしくて俺は、つい吹き出してしまう。
「なんだ、そんなこと気にしてたのかよ」
「そんなことじゃないでしょ。おかずがないのは死活問題なんだから!」
「……まあ、確かに。そう言われればそうかもな」
昼のことを思い出せば理解できなくもない。
流石に白米オンリーで二合近くは、ほんの少しだけ辛かった。
「でも、あれは俺が望んでやったことだ。俺が作った飯をあんだけ美味そうに食ってくれたことに比べれば、それくらい瑣末な問題だ」
笑いながら言えば、櫛名は目を丸くして俺を見つめていた。
「ん、どうした?」
「あ……いや、笑うと結構可愛い顔するんだなーって」
「……なあ、それは感性どうかしてるぞ」
「酷っ!? そんなこと言うと、ハンバーグ一個取っちゃうんだからね!」
「すまん、悪かった。どうか勘弁してください」
元々これは櫛名の奢りだ。
なので、本当に取り上げられても何も文句はないのだが、今の言い方は自分でもどうかと思ったのですぐに謝罪すれば、櫛名は「もー、冗談だって」と笑顔を浮かべた。
「取らないよ。だって、きみに美味しいものを食べてもらいたくてここに連れて来たんだもん。悪いと思うなら、ちゃーんと味わって食べてよね!」
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて」
言って、俺はまだまだあるハンバーグに箸を伸ばした。
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