腹ペコギャルの優しさに応えて

「実はアタシさ、中学の頃はちょっと浮いた存在だったんだよね。家の事情で二年の途中から転校して来た上に見た目もこんなだし、性格も今よりけっこートゲトゲしてたから」


「あー……そういやクォーターなんだったっか」


 確かクラスの自己紹介の時にそんなこと言っていた憶えがある。

 だから、綺麗な金髪も澄んだ青い瞳も自前のものだという。

 謂うなれば、超天然物の白ギャルといったところか。


「うん、母方のおばあちゃんがカナダ人。といっても、生まれも育ちも日本だから英語はサッパリなんだけど。……で、話は戻るけど、そんなんだから一人の友達もできないまま日々を送っていたわけよ」


「……なんというか、想像つかねえな」


「でしょー。結構変わったんだ。……変えて、もらったんだ——崇志に」


 言って、櫛名は昔を懐かしむように目を細めた。


「孤立していたアタシに崇志が根気強く手を差し伸べてくれて、そのおかげでちょっとずつクラスに馴染めるようになったんだよね。……で、我ながら単純とは思うんだけど、そのことがきっかけで崇志に惹かれるようになったんだ」


 ……なるほど、そんな背景があったのか。


 自分では単純と言っていたけど、好きになるには十分過ぎる理由だと思う。

 当時の櫛名にとってはかけがえのない恩人であり、且つ聖人のように映っていただろうから。


 櫛名が八町に対して強気に糾弾しようとしないのも、もしかしたらその頃の出来事が関係しているのかもしれない。


「それで晴れて付き合うようになった、と」


「うん、アタシから告ってね。二、三回アタックしてようやくオーケーしてもらえた時は、舞い上がりたくなるくらい嬉しかったなあ」


 告白して即付き合うようになったわけではなかったのか。

 表情には出さないが、意外な事実に少し驚かされる。


「それから、えっと……大体一年半くらいか。アイツの為に色々頑張ったのになあ。——ホント、アタシの何がいけなかったんだろ」


「知らん。そればかりは本人に聞かねえことには確かめようがないだろ」


 答えれば、櫛名は呆れを微塵も隠すことなく俺に半眼を向けてくる。


「はあ……すおーくんさあ、やっぱその塩対応どうにかした方がいいと思うよ。そんなんだから、目の前に人が倒れててもガン無視しそうとか言われるんだよ」


「……善処はする」


 櫛名のため息混じりの正論に目線を逸らしながら答える。

 とりあえず、この話は一旦置いておくとして、


「けどまあ、もし仮に櫛名になんらかの原因があったとしても、浮気してもいい理由にはならねえぞ。たとえどんな事情があったにしても絶対に。どうしても別の女と付き合うんだったら、相応の筋を通して正式に別れてからにするべきだろ」


 率直な意見を述べると、櫛名は目を丸くし、それからぷっと吹き出した。


「ちょ、筋ってウケるんですけど……!」


「……? いや、筋は筋だろ」


「真面目か! ……でも、そっか。うん、そうだよね。ありがとね、すおーくんのおかげでちょっと気が楽になったよ」


「そうか。別に俺は何もしてねえけど」


 応えて、小さく笑みを溢した時だった。


 櫛名のお腹からぐ〜、と間の抜けた音がする。

 顔を見合わせれば、櫛名はほんのりと頬を赤くしてはにかんでみせた。


「アハハ……話してたらなんだか急にお腹空いてきちゃった。さてさて、お昼お昼〜」


 誤魔化すように鼻歌を鳴らしながら弁当の蓋を開けてみせる。


 容器の中はふりかけが乗った白米がスペースの半分を占めていて、もう半分には一口大の卵焼きとミートボールが二つずつ、それと小分け皿に入れられたマカロニサラダが綺麗に詰めてある。

 あとは彩りとしてミニトマトやブロッコリーといった野菜が添えられている。


 栄養バランスも悪くないし、見た目も良い。

 よくできた弁当だと思う。


 自身の弁当を眺めながら、櫛名がにこにこと笑いながら両手を合わせる。


「いただきます」


 ただ——、


「……あのさ、一つ野暮なこと訊くけどさ。それで足りんの?」


 途端、櫛名が笑顔のままぴしりと固まった。


 三キロもあるチャーシュー麺をスープ込みで平らげるほどのキャパを誇っている胃袋だ。

 この程度の量では、満腹どころか腹五分目に達するかどうかも怪しい。


 数秒に渡る硬直の後、物凄く険しい表情でぎこちなく俺を向いて叫ぶ。


「もうっ、そんなの……全っ然足りるわけないじゃん! 正直、夜まで我慢しなきゃならないことにちょっと絶望してるくらいだし! でも、しょうがないっしょ! 学校では少食キャラで通してんだからさ!」


「なんで少食キャラで通す必要が?」


 重ねて訊ねれば、雫はもじもじとしながら、


「……だって、崇志が少食の子の方が好きだって言ってたんだもん。それに細い方がタイプとも。だから、ホントはたくさん食べれるの隠してたわけ」


 なるほど、そういうことか。

 通りで量を控えめにした女子力全開って感じの弁当なわけだ。


 理解はした。……が、だからこそ逆にため息を吐いてしまう。


「ったく、だったら尚更、もう無理に隠す必要もないと思うけど。まだ八町と付き合っていたいって思ってるわけじゃないんだろ?」


「それは……うーん、ゴメン。よく分かんないや……」


「……まあ、いいけどよ。あんたらが今後どうするかについて俺がどうこう口出しするつもりはないし。でも、迷ってんなら我慢しないでとりあえず食っとけ。ほら、おかず半分やるから」


 二つある一リットル容器のうち、おかずを敷き詰めた方を差し出す。

 少し箸をつけてしまってはいるが、手付かずの品はまだまだ残っている。


「え、いいのっ!?」


「ああ、俺の料理で良ければだけど」


「貰う貰う! ありがたくいただきます!」


 櫛名は俺から容器を受け取ると、早速ごろっとしたサイズの唐揚げを一つ取り上げ、綺麗な所作でひょいと口に運ぶ。

 直後、へにゃりと眉が垂れ、顔が綻んだ。


「ん〜っ! 美味しい! 美味しいよ、これ! もしかしなくても、すおーくんの手作り!?」


「一応な。ついでに言うと、他のも全部自分で作った」


「ガチ!? じゃあ、このきんぴらごぼうもほうれん草のごま和えもかぼちゃの煮物も? ヤバ、マジ天才じゃん!」


 なんでピックアップするのが野菜系ばっかなんだ。


「大袈裟だな。これくらいならレシピ覚えてちょっと練習すれば誰でもできる」


「うーわ、出たよ。ナチュラルに料理できる人発言。くそー、すおーくんもママと同じようなこと言いやがって……!」


 ぐぬぬ、と雫は悔しさを滲ませて睨めつけると、腹いせのように他のおかずも次々と食べ進めていく。

 すると、ころりと幸せそうな表情に切り替わる。


 バイト先でもそうだったけど、本当に美味そうに食ってくれるよな。


 見ていると胸の内がほんのりと温かくなるような、そんな食べっぷりだ。

 だからなのか、俺は自然と口をついていた。


「櫛名、さっき半分っつったけど、もっと食っていいぞ」


「え、マ!?」


「ああ。半端に食って午後の授業で腹を鳴らされでもしたら目も当てられないしな」


 冗談混じりに言えば、櫛名の頬が赤く染まった。


「もうっ……すおーくん、きみやっぱデリカシーなさすぎ! 少しは乙女心を考えることを覚えろし!」


 半分本気の抗議。けれど、直後にはまた幸せそうに弁当を食べる櫛名を見て、俺は堪らず小さく声を立てて笑った。






「ふぅ〜、ごちそうさまでした! とっても美味しかったよ、ありがとね!」


「お粗末さま。これで足りたか?」


「うん! これならばっちし放課後まで乗り切れそう!」


「なら良かった」


 夜までではないんだな。

 心の中で軽くツッコミを入れつつ、空になった容器を受け取る。


「てか、今更だけど全部食べちゃって良かったの?」


「別に構わねえよ。俺から好きなだけ食えって言ったんだし。それに、おかげでいいもんも見れたしな」


「いいもんって?」


「櫛名が美味そうに俺の飯を食ってくれてるとこ。あんだけ美味そうに食ってくれると、作った甲斐があるってもんだ」


「えへへ……そうかな」


 櫛名は、照れくさそうに指先で頬を掻く。

 その様子を眺め、改めて美少女だなと強く思わされる。


 見た目よし、性格に難があるわけでもなし。

 そして、何より端々の所作が綺麗で食いっぷりが良い。

 もし八町と付き合っていなければ、今頃、大勢の男子からアプローチを受けていたことだろう。


 だからこそ、疑問に思う。

 ——なぜ八町は、櫛名を捨てて片桐に現を抜かしたのか。


 まあ好みの問題と言えばそれまでだが。

 二人とも学校屈指の美少女ではあるが、ギャルと清楚な正統派と可愛いの方向性は大分異なるわけだし。

 だとしても、タイプが違うだけで乗り換える理由にはならないだろ。


 ……そもそも、どんな事情にせよ浮気すんじゃねえよボケって話だけど。


 そんなことを考えていた時だった。


「あーっ!!」


 いきなり櫛名が叫んだものだから、つい跳ね上がってしまう。


「……びっくりした、いきなり大声出すなよ。どうした?」


「財布カバンの中に入れっぱだった! もう、アタシのバカ……!」


「なんで財布?」


「なんでって、お昼ご飯分けてもらったお礼しなきゃじゃん」


「いらねえよ。別に見返り欲しくてあげたわけじゃないし」


 言うも、櫛名は引き下がらない。


「そうはいかないって。この前の分のも含めて、ちゃんとお礼しなきゃアタシの気が済まないの」


「この前……?」


「ヤダなー、惚けんなし。デカ盛りチャーシュー麺の代金こっそり出してくれてたじゃんか!」


「……ああ、そういえばそんなこともあったな」


 勿論、ちゃんと覚えている。


 あの日、バイトから上がる際、店長に代金の半分を渡しておいた。

 傷心のまま安くはない金払うのは可哀想だと思ったのと、見ていて気持ちのいい食べっぷりをしていたからだ。

 本人には伏せろと伝えておいたのだが、この様子だと隠しきれなかったようだ。


「というわけだから、すおーくん。今日、放課後空いてるよね?」


「まあ、空いてるけど」


 今日はバイトもないし。

 念の為、スマホで予定を確認してから頷くと、


「よし、決まり! じゃあ、六時に駅前集合でよろしく!」


「あっ、おい——」


 言うが早いか櫛名は、俺の返事を聞くことなく、軽い足取りで校舎の中へ戻っていった。


「……ったく、勝手なやつ。俺の意見はガン無視かよ」


 別にいいけどよ。

 それより……表面上だけでも元気そうになってくれて何よりだ。


 まだ完全に八町に対する恋慕は吹っ切れてはなさそうだったけど、これに関しては時間が少しずつ解決してくれるだろう。


 ——今度は良い人に巡り会って欲しいものだ。


 まあ、それはさておくとして、


「……よし」


 真下に視線を落とす。

 ずっと手元に置いていた容器の中には大量の白米が大量に残っている。


 まずはこいつを全部食べ切るとしよう。




————————————

明日も2話投稿します

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