実はいっぱい食べる腹ペコギャルが二股されてたから、胃袋を掴んでクズ彼氏から略奪することにした
蒼唯まる
豪雨に降られたきみと青空と
ずぶ濡れでやって来た腹ペコギャル
退勤時間になるまであと少し、誰もいない店内で暇していた時だった。
俺がこの春から通っている高校には、めちゃくちゃ可愛いと評判のギャルがいる。
恐らく同じ学校で通う生徒で彼女を知らない人間は誰一人としていないだろう。
それが、櫛名雫という少女だ。
大雨に打たれたせいで化粧が殆ど取れてしまっているが、背中まで伸びた癖一つない金髪、両耳に幾つも付けられた派手なピアス、何より化粧崩れしても尚モデル顔負けの整った顔立ちとプロポーションを見ればすぐに彼女だと判別がついた。
「いらっしゃいま、せ——」
だからこそ、俺——
え……何これ、どういう状況?
彼女がずぶ濡れになっている原因は容易が察しがつく。
いや、だとしても髪からも着ている黒のブラウスとショートデニムからも水滴がぼたぼたと滴り落ちているのを微塵も気にすることなく放置している時点で十分おかしいのだが。
しかし、それ以上に気になるのは、彼女が瞳を潤ませ、目元を真っ赤に腫らしていることだ。
加えて、必死に堪えるように唇をきつく結んでいて、傍から見てもかなり落ち込んでいる。
少なくとも彼女の身に何があったことは明白だった。
じゃあ何があってそうなったのか理由が気になるところだが、生憎、俺と櫛名の間柄は大して親しいものではない。
唯一の共通点といえば、ただクラスが一緒ってことくらいだ。
その程度の関係で踏み込んだことを訊こうとしても不審がられるだけだろう。
なら、そっとしておくのが無難か。
そもそも俺の存在が認知されてるかどうかも怪しいしな。
「……注文は食券でお願いします」
なので、敢えて素知らぬ態度を装って券売機を使うように促せば、櫛名は無言のまま水をたっぷりと吸い込んでしまった革のリュックから若干濡れた財布を取り出した。
それを横目に俺は、一度バックヤードに下がり、乾燥機から乾いたばかりのタオルを無作為に取り出す。
そして、数枚のタオルを持って厨房へ戻れば、食券を購入し終えた櫛名がカウンター席の前で待っていた。
「食券をお預かりします」
早速、櫛名から食券を貰いつつ、取ってきたタオルを彼女に差し出す。
「これ、使ってください」
「……へ?」
「濡れたまま座られても困るんで」
あと見てて寒そうだし。
一拍挟んでからついでに本心を付け足せば、
「あ、ありがとうございます……」
櫛名は申し訳なさそうにしながらもおずおずとタオルを受け取り、長い髪にずっしりと含まれた水気をタオルで拭き取る。
その間に食券の内容を確認して、固まった。
……うわ、マジかよ。
食券に書かれていたのは、”デラックスギガチャーシュー麺”——大食いチャレンジ用の爆盛りメニューだった。
思わず櫛名を二度見してしまう。
すると、彼女も目を丸くしてこちらを見ていた。
櫛名は青い瞳を向け、何度か口をぱくぱくと動かしてから訊ねてくる。
「ねえ、あのさ……もしかしなくても、すおーくん、だよね?」
「……なんだ、気づいてたのか」
あとちゃんと名前覚えられてたんだな。
ちょっとした感慨を抱きながら答える。
「クラスメイトだもん。二ヶ月もあれば流石に顔と名前くらい覚えるっしょ」
「ああ……まあ、そういうもんか。……それより、これ本気? ちゃんと食えんの?」
食券を見せながら確認する。
デラックスギガチャーシュー麺の総重量は三キロもある。
余程の健啖家——それこそフードファイター並みの——でもなければ完食できない量だ。
別に何を頼もうが客の自由だが、だとしても食えもしないものを作るのはあまり気が進まない。
「……全部食べれるし」
けれど、幼い子供のように頬を膨らませて櫛名はぶっきらぼうに言う。
なんだか意地を張っているだけのようにも見えるが……まあ、いいか。
ヤケ食いすることで彼女の気が少しでも紛れるのなら今回は目を瞑るとしよう。
「出来るまでちょっと時間かかる。奥のテーブル席で待っててくれ」
それから暫くして、完成したチャーシュー麺を櫛名の元へと運ぶ。
巨大なすり鉢に盛り付けられた品を見て、櫛名は「おお」と小さく感嘆の声を上げた。
「やば。え、これ、すおーくんが作ったの?」
「当然だろ。今、厨房にいるの俺だけだし」
言って、カウンターに置いておいた時間設定済みのタイマーを二つ取ってくる。
一つはチャレンジャー用、もう一つは店側が厨房から時間を確認する兼チャレンジャーの不正防止用だ。
「制限時間は三十分。時間内にスープ込みで完食できたら半額サービスな。早速だけど準備はいいか?」
「オッケー、いつでもいいよ」
「じゃあ、スリーカウントで始めるぞ」
そして、カウントダウンを数えてからタイマーをスタートさせれば、
「——いただきます」
櫛名は両手を合わせ、デラックスギガチャーシュー麺を食べ始めた。
まずはスープを一口、次にスープの上一面に敷き詰められた薄切りチャーシューの山を掻き分けて麺を啜り、ポツリと呟く。
「……美味しい」
「だろ。なんたって俺の自信作だからな」
冗談めかして言うも、櫛名の反応はない。
既に食べることに没頭していたからだ。加えて、何がきっかけかは分からないが、再び泣き出してしまっていて会話どころではなくなっていた。
だけど、無視されたことはどうでもいいと思えた。
「……あ」
箸の持ち方も食い方も、つい見惚れてしまうほど本当に綺麗な所作をしていたからだ。
ボロボロと大粒の涙を流し、嗚咽を混じえながらも、一口一口ちゃんと味わって爆盛りチャーシュー麺を食べてくれていた。
自然と笑みが溢れる。
こいつの彼氏は幸せ者だろうな。
想像以上の速さで、且つ見ていて気持ちの良い食べっぷりで順調に箸を進める櫛名を眺めつつ、彼女と付き合っている同級生を思い浮かべ、素直にそう思う。
……そういえば、櫛名の彼氏はこのことを知っているのか?
しかし、すぐに考えを振り払う。
他人の色恋沙汰に第三者が首を突っ込むというのは野暮でしかない。
少なくとも、俺が下手にに介入したところで話が余計に拗れるだけだ。
そういうことだし、俺はそろそろ上がるとしよう。
もうとっくに残業タイムに突入しているしな。
最後に少し離れたところで櫛名が一心不乱ににチャレンジメニューを食べ続ける様を見届けてから、俺は店の奥へと移動した。
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