腹ペコギャルの彼氏の浮気現場
とある頼み事と一緒に後のこと諸々は事務室でノートパソコンと睨めっこしていた店長の郷田さんに任せ、俺は足早に帰路につく。
見覚えのある男女を見かけたのは、その帰り道。
繁華街から少し外れたラブホ街を早足で通り抜けている時だった。
家までの近道とはいえ、未成年がここを通るのは気が引けるんだよな。
でもまあ、ここで何をするわけでもないし、それよりも早く家に帰ることの方が大事だから気にせずこの道を使わせてもらうけど。
などと言い訳じみたことをつらつらと考えていれば、目の前のラブホテルから誰かが出てくるのが見えた。
瞬間、俺は咄嗟に近くの物陰に姿を隠した。
「あれって……」
建物の中から姿を現したのは、腕を組んだ男女二人組。どちらも知っている顔だ。
片方は同じ学年で櫛名と並ぶレベルの美少女、
そして、もう一人はサッカー部の期待のホープと言われている
なんであの二人がラブホから……?
いや、そもそもこれってもしかしなくても浮気だよな。
ごくりと生唾を飲み込む。
八町と櫛名が付き合っていることは、人間関係に疎い俺でさえ把握しているくらい周知の事実だ。
聞けば中学生の頃から続いているらしく、おかげで誰もが認める美男美女の仲良しカップル——というのが俺を含めた周りからの認識である。
……なのに今、八町の隣にいるのは、櫛名ではなく片桐。
しかも、仲睦まじそうにしてホテルから出てきたってことは、つまりはそういうことなのだろう。
——清楚な印象でそういうことには縁が無さそうだったけど、ちゃっかりやることはやってるんだな。
全く。自分が思っている以上に人は見かけによらないものだ。
良い意味でも、悪い意味でも。
「あっ、見て見て、たぁくん。雨止んでるよ」
「お、ラッキー。ゲリラ降ってきた時は、傘持ってなかったからどうしようかと思ったけど、どうにか晴れてくれたか。けどまあ、おかげで理佳と楽しめたから結果的に悪くなかったけどな」
「もう、たぁくんったら……!」
……たぁくん、ね。
随分と仲がよろしいことで。
趣味が悪いとは自分でも思うが、隠れたまま二人の会話に聞き耳を立てる。
同時にスマホを取り出し、こっそりと二人をビデオで撮影しておく。
言い訳しようのない盗撮だ。
バレればかなり厄介なことになるし、こんな探偵紛いのことしたところで俺には何のメリットがあるわけでもない。
だとしても、一人で泣いている櫛名を見てしまった以上、どうにか確認しておきたかった。
櫛名の涙は、こいつらが関係していたのかどうかを——。
そして、それを知る機会はすぐに訪れた。
「ところで良かったの?」
「何が?」
「
「あー、雫か。……ま、大丈夫だろ。何でか分からねえけど、今日のデート、直前になってドタキャンしてきたの向こうからだし。あいつに連絡するのは帰ってからでいいよ」
チッ、クロじゃねえかよ。
今のやりとりで確信する。
二人は裏で完全にデキていて、おまけに八町は片桐にすっかりご執心であると。
その事実に気づいた途端、他人事ながら無性に苛立ち、虫唾が走った。
「それより今は、理佳との時間を大事にしたいな。あいつとのデートが無くなったおかげで一緒にいれる時間が増えたんだし」
「もう、たぁくんったら。じゃあ、続きは帰ってからだからね」
「分かってるって。今日、理佳の家って誰もいなかったんだよな?」
「うん、今日は遅くになるまで誰も帰ってこないよ」
楽しそうにそんなことを話しながら二人がこっちに歩いてきた。
俺は急いで背中を向けて顔を見られないようにする。
けれど、撮影は続行させたままスマホのカメラを後ろに向けておく。
——呼吸が止まり、心臓が逸る。
背後を二人の声が通り過ぎる。
どちらも互いに夢中だったおかげか、俺に注意が向けられることはなかった。
それから駅の方へ姿を消すあいつらの背中を見送った後、俺は改めて自宅へと歩きつつ、揃った情報を頭の中で整理する。
まず八町と片桐は裏でデキているどころか更に深い関係にまで至っていて、当然のことながら、この事実は櫛名には隠している。
そんで二人がついさっきまでホテルに入ったのは、突然でゲリラ豪雨から逃れるためであり、その流れでやることをやった可能性は十二分に高い。
しかも、さっきの二人のやりとりからして、今回が初めてってわけではなさそうだ。それどころか、かなり手慣れてそうだった。
となると、出来心でやったわけではないよな。
二人が浮気関係に発展したのも、今に始まった事ではないと見るべきだろう。
「……胸糞
それともう一つ。本当だったら今日は櫛名と八町はデートをする予定だったが、櫛名が急にドタキャンしたことで中止となったって言っていたよな。
でも、あいつらが気づいていないだけで、櫛名はこの近くまでやって来ていた。傘を持たず、ずぶ濡れの状態でバイト先に訪れたことからして間違いないだろう。
これらから導き出されるのは——、
「……まさか」
点と点が線で繋がり、足が止まる。
もしかして櫛名は、目撃したんじゃないか。
——八町と片桐の浮気現場を。
だとしたら、なんで櫛名があんなことになっていたのか合点がいく。
でも、それならどうしてその場で問い詰めにいかなかったのか、と疑問が浮かんでこなくもなかったが、そんなことはどうでもよかった。
考えがまとまるや否や、俺はもう来た道を全力ダッシュで引き返していた。
「今ならまだ——」
——まだ店にいるはずだ……!
必死になってバイト先に戻り、勢いよく店の扉を開ける。
店の奥を見遣れば、櫛名はチャレンジメニューを見事完食し、丁度タイマーをストップさせたところだった。
凄え、あれ時間内に全部食ったのかよ。
……って、今は呑気に感心している場合じゃねえ。
「櫛名!」
「うぇっ!? えっ、あれ、すおーくん!?」
いきなり叫んだものだから、櫛名はおろか、他の客——ついでに店長——まで驚かせてしまった。
申し訳ないと思いつつも、構わず息を切らしながら続ける。
「これだけ言いに来た。俺でよければいつでも話を聞くからな。だから……もし、何か辛いことがあったら、無理に一人で抱え込もうとするなよ」
一方的に伝えるだけ伝えて、俺は足早に店を離れる。
どれだけ胡乱に思われてもいい。今後、一切関わることがなくてもいい。
ただ、少なくとも俺は櫛名の味方であるとちゃんと言っておきたかった。
——まあ、俺の勝手な自己満でしかないんだろうけどな。
僅かに自嘲を含んだ笑みを浮かべつつも、後悔はなかった。
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