腹ペコギャルと家族での食事

 およそ一時間後。

 ダイニングテーブルには四人分の料理が並んだ。


「おー、すっご……! これ全部すおーくんが作ったの?」


「多少手抜いた部分はあるけどな」


 用意したのは、オムライスとコンソメスープとスイートピクルスの三品。

 そのうちのコンソメスープは、余った具材とコンソメの素をさっと合わせただけで、スイートピクルスは前に作り置きしておいたものを冷蔵庫から取り出しただけだ。


 元々は三人分だけ作るつもりだったが、櫛名と苺花の口添えもあったので特別に姉貴の分も作ることにした。


 予定より早く飯抜き生活を解除することにはなったが、おかげで姉貴が二人に対して感涙に咽ぶというおもしろ光景が見れたからよしとしよう。


「苺花ちゃん、見てよこのオムレツ! ナイフでスーッとやったら、ふわーってなるトロットロのやつだよ! お店のやつみたい!」


「ふふっ、すごいでしょ。岳にいのオムライスはいつもこれなんだよ」


「ヤバ……やっぱ、すおーくん天才でしょ。これはマジ神ってるって……!」


「大袈裟だな。これくらいならちょっと練習すれば誰でも作れる」


 言うと、櫛名は露骨にため息を吐き、呆れた眼差しを俺に向ける。


「うーわ……また出たよ、ナチュラルに料理できる人の発言。すおーくん、料理下手のことあんまり舐めない方がいいよ!」


「そうだそうだ!」


「なんで姉貴も便乗してんだよ……」


 少なくともあんたは作れない側ではないだろ。

 ……結構ズボラではあるけど。


「ったく、バカ言ってないで冷めない内に食ってくれ」


 椅子に座りながら言えば、他の三人も席につく。

 俺の隣に櫛名、正面が姉貴、斜向かいは苺花が座る。

 誰がどの席に座るのか教えてはいないが、櫛名がどこに座ればいいのか迷うことはなかった。


 ——まあ、皿を見れば一目瞭然だからなんだけど。


 櫛名が座った席に置かれたオムライスは、向かい二つのものと比べて三倍近くもサイズが違かったからだ。

 明らかに普通の女子高校生が食べられる量ではない。


 なので流石の姉貴も思わず困惑の笑みを浮かべる。


「話には聞いてたけどさ……この量、本当に食べれるの?」


「はい、大丈夫です! これくらいならペロッとイケちゃいます!」


 嬉々とした表情で答えてから櫛名は、うっとりと皿を眺める。


「……ヤバ、ガチ美味そう」


「美味そう、じゃなくてちゃんと美味いぞ」


 そんな櫛名に冗談めかして言えば、


「うん、知ってる。だってすおーくんの料理だもん」


 屈託のない笑みが返ってきたので、思わず顔を逸らしてしまう。


「……おう」


 ちょっとした小ボケのつもりだったのに。

 まさかこんなに素直な反応をされるとは。


 ——なんだかこっちが恥ずかしくなってきた。


 姉貴のにやついた視線を甘んじて受け止めつつ、俺は自分で作った料理に手をつけることにした。

 そして、俺が食べ始めれば、


「……いただきます」


 隣で櫛名も丁寧に両手を合わせた。


 それから三人が談笑するのを横目に、俺は黙々と食べ進める。

 櫛名は姉貴たちと楽しそうに話しながらも時折、料理を口に運ぶと「うま」と溢していて、その様子が見ていてちょっと面白かったし、同時に嬉しくもあった。


 櫛名の場合、表情を見ていれば本当に美味いと思ってくれてるかどうか一発で分かるのだが、それでも笑って”美味い”とちゃんと言葉にしてもらえると安心できるというものだ。


 ——だからなのだろう。


「岳、あんた……苺花以外にもそんな優しい顔できるんだね」


 ふと姉貴が、心底意外そうに目を丸くして言った。


「……何のことだよ」


「うっわー、もしかして無自覚? だとしたら、あんた相当な垂らしだよ」


 姉貴はちらりと櫛名に目配せしてから嘆息を漏らす。

 釣られるようにして姉貴の視線を追えば、櫛名がちょっとだけ頬を赤くしてはにかんでいた。


「すおーくん、そんな熱ーい視線送られるとちょい恥ずいし……」


「……す、すまん」


「てか、前もその前の時もそうだったよね。……すおーくん、ホント、アタシのこと好きすぎっしょ〜」


 一瞬、否定しようと思ったが、


「……まあ、確かにそうだな」


 ここまで来たら誤魔化しても意味がない気がしたから、素直に肯定した。

 実際、櫛名のことは見た目とか抜きに好ましく思っているし。


 途端、櫛名がみるみる真っ赤になる。

 新雪のように真っ白な肌がかーっと首まで赤く染まる。


「え、それって……」


「誤解のないように言っとくけど、好きなのは姿だからな。櫛名って食いっぷりがいいし、幸せそうな顔で美味そうに食うから。見てて気持ちがいいんだよ」


「……だ、だよね〜。アハハ、もうびっくりさせんなし!」


 言って、俺の背中をバシバシと叩く櫛名。


 ……地味に結構痛い。

 けどなんか指摘しない方が良い気がするし、ここは黙っておこう。


 思っていると、姉貴が訝しげに俺を見ていた。


「というかさー、岳。あんたいつまで雫ちゃんのこと名字で呼ぶわけ?」


「……いきなりだな。別にいいだろ」


「いや全然よくないけど。あんたがいつまでも名字呼びだと、私と苺花が雫ちゃんのこと名前で呼びづらいじゃん」


「もう遠慮なく呼びまくってんのに今更何言ってんだ……」


 そこまで気にすることでもないだろうに。


「えっと……アタシはどっちでも大丈夫ですよ。名字でも下の名前でも。気にせず好きな方で呼んでください」


「ほら、櫛名もこう言ってることだし、いいんじゃないの」


 凄く不服そうにしていた姉貴だったが、櫛名本人がいいと言ったからか、これ以上強く出ることはなかった。


 ——まあ、正直言うと。

 姉貴の言うことは尤もだと思った。

 でも、今はまだ止めた方が良いような気がした。


 彼女のことを思えばこそ。

 男の俺が彼女の名前を呼ぶのは。


————————————

余力があれば夜更新します。

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